中国ドラマ「陳情令」と老子 - 主人公の名前の由来
中国ドラマ「陳情令」を入り口に、中国の古典「老子」を読んでみたら面白かったので書いてみようと思う。大人気の肖戦と王一博を知ったのがこのドラマ。
老子道徳経
何気なく見始めた「陳情令」。信じるとは、友とは、善とは、とまるで哲学者のようにはまってしまい、全50話を何周もし、さらに情報を探していてとある中国のファンのYou Tube動画を見つけた。主人公の名前と字が老子道徳経に由来するという。
字幕から推測するに、どうやら主人公の一人魏嬰の「嬰」は赤ちゃんのことで、老子道徳経は赤ちゃんを聖人と考えるということらしい。へえ、そうなんだ。むくむくと「老子」に興味がわいた。どんなことが書かれているんだろう。
ということで読んでみたのは、保立道久著、ちくま新書「現代語訳老子」。2018年の出版で新しいし、現代語訳でとりかかりやすいと思ったから。中身は…分かりやすくはない(だって思想書だし)けど、字は見やすい。とりあえず数行読んでみて頭は痛くならなかった。著者は日本史がご専門でコラムもある。何よりも今、自分には知りたいことがあるのでがんばれそう。
老子の本をめくってみると、まあ出るわ出るわ、陳情令のお話になにやら関連がありそうな章が次から次に出てくる。「現代語訳老子」はたちまち付箋でびっしりになった。こうなると内容を知りたくてうずうずしてくる。
ドラマ「陳情令」の原作は「魔道祖師」。台湾の作家、墨香銅臭のBL小説。どうも物語の構想のベースに老子があるのは間違いなさそうだ。ドラマがアジア圏で大ヒットした理由もこの辺にありそう。きっと老子の思想は、それと気づかないほど私たちの身近に深く根付いていて、共通の文化圏の中で私たちの共感を呼ぶのだろうと思う。
「陳情令」のお話が好きな人は、きっと「老子」も楽しく読めてしまうと思うので、試してみるのはいいと思う。ビジネスで読む老子、みたいなのよりはたぶん百倍は面白い。
ここからはちくま新書「現代語訳老子」より、関連がありそうと思った章を紹介してみる。ちなみに中国Youtuberさんのいう「老子道徳経」も「老子」も同じことらしいので、ここからは「老子」にする。まず魏嬰の名前に関する章から始めてみる。
魏嬰の名前 老子49章
魏嬰の名の由来と思われるのが49章。この章の冒頭にある「無心」はそのまま受け止めること。その心は、赤ん坊の素直さそのものということになる。ちなみにこの「百姓」は日本語のお百姓さんではなくて、いろんな人たちを表す「百」らしい。本の解説ではこのように紹介されている。
魏嬰の名、「嬰」の字は赤ちゃんのことで日本語でも嬰児は赤ちゃんを指す。老子49章の中に直接「嬰」の字は出てこないけれど、最後に「孩」の字がある。「孩」を調べると乳飲み子を指す漢字だ。
誰のことも心から気遣い、皆から注目を浴びても、ただ赤ん坊のように無心でいる人。この章はそれを聖人の姿だと言っている。魏嬰という主人公は、聖人としての名前「嬰」と字の無羨を持つのだ。
あどけなくて無垢、羨ましがらない、自由奔放。人を惹きつける魅力を持っていて、良くも悪くも皆の注目の中心にいるのは、こういう稀有の純粋さを持つ人物として描かれているからだと思う。演じた肖戦も、このキャラクターの持つあどけなさを前面に出していた。
魏嬰を育ててくれた江楓眠は、奔放すぎる魏嬰をしつけるようにと金宗主に言われて、「嬰はこのような性分なのです」と、穏やかに、きっぱりと返す場面があった(ドラマ第7話)。楓眠は、聖人としての魏嬰の本質を本当によくわかっているのですね。
藍湛の名前 老子4章
藍湛の名前の湛、君号の含光、剣名の避塵にすぐに気づくこの章は、深遠な宇宙の姿を描いているそうだ。私がここで何かを書けるような話ではないので…全訳はちくま新書を図書館で借りて見ていただければ。
「湛」はなみなみと満ちている様子をあらわす字。生の中国語のままの原文を白文というけれど、漢字ばかり並んで難しいな…という気持ちを脇に置いて文字を眺めていると、なんだか底知れない深さと美しさが感じられてくる。まるで、晴れた夜空に浮かぶ昴のよう。
若い星々の集まっている星団、昴。その青白い輝きは、夜空の無数の星々の中でも人の目を惹きつけて離さない。ドラマを見た人は、この章の句を見たらきっと何も言われなくてもこれは藍湛のことだと納得するだろうと思う。このキャラクターを演じた王一博は、当時若かったがこの静けさを醸し出すのに成功した。
藍湛の名に関連してもう一つ、老子56章がある。
56章にも老子4章と同じフレーズ、和光同塵が出てくる。そして冒頭の「知者不言」これは保立先生によると不言の教えを説いたものだという。真理はすべてを言葉にできるものではないから。どうでしょう、藍湛を気に入っている方、老子を読みたくなってきたのでは。
沢蕪君の名前 藍渙 老子15章
藍湛の兄、沢蕪君はドラマ中では直接呼ばれることがないけれど名を「渙」というそうだ。その名に関連がありそうな老子15章は、全体を載せるには長いので部分抜粋してみた。保立先生はこの章に氏族を率いて故郷の山河を守る士を見ている。そしてこうおっしゃる。
厳冬の谷川の季節が移ろっていく姿が描写されているという15章。凍っていた川が溶け、命が躍動を始める。
沢蕪君の名は渙。法器の笙の名は裂氷。彼は一族を背負う立場にあって、穏やかな性質だ。そして藍氏の本拠地の雲深不知処は、ドラマでは浙江省・百杖潭という素晴らしい景勝地の滝や川でロケ撮影されている。この15章を見ると、もうイメージにぴったりだと思いませんか。
中国のYoutuberさんの動画では、藍渙の名の由来について、老子15章ではなく、易経の卦「59番 風水渙」をあげていた。風水渙は、「離散」がキーワードで「風が水面を吹きわたって水を散らすさま」を表しているという。
易経はザ・中国の古典。占いコーナーにも易があるし、あたるも八卦あたらぬも八卦、という言葉を思い出すが(最近はあまり聞かれなくなってるかも)長い棒をじゃらじゃらと選り分けて、何やら占ってくれるアレの元になっている経典だ。占いというより、世界がどうなっているかを説く書物のようだけれど。
二→四→八→と分かれていき、上下の形の組み合わせで全64通りの形をあらわす。その第59番は風水渙と名づけられている。
卦の形はこうなる。
下の三本が「下卦」上の三本が「上卦」。下卦が水、上卦が風を意味する。
易の卦は、その形からイメージを連想するのが面白いよ、と教えてくださった方がいて、それからはこの6本の線の重なりを絵のように見るのが好きだ。
見やすくて気に入っている易経ネットというサイトがある。リンクを貼るので気になった方はぜひ。64卦すべてが表になっていて、3枚のコインを使う簡単な易の卦のたて方も紹介されている。
易経については、同じ方にすすめていただいた『朝日選書1010「易」本田濟 著』を本棚に置いている。読み通せるようなタイプの本ではなくて、百科事典とか参考書のような感じ。気が向いてコインを投げる時、出た卦の形をやっぱり知りたいと思うし、背景をじっくり探れるのでたまに開く本。
風水渙に話を戻すと、キーワードは「離散」で、王が祖先を祀り民の離散を防ぐことを表しているとのこと。こちらのイメージから見ても、沢蕪君の存在によく合うと思う。
このまま続けていきたいけれど、気づけばすでに情報をいっぱい載せていて、自分の頭もいっぱいになっている。老子を初めて読んだ初学者なのに、面白かったというだけで書き始めてしまったこのテーマ。
陳情令の主人公たちの名前編はここで終わりにし、次回は陳情令の物語のテーマと老子について書いてみようと思う。