いくつになってもコミ障戦国時代
50歳になった。 予定では穏やかに過ごしているはずだった。 でも現実は過酷、無様な生きざまっぷりに自分でもびっくりしている。 友人と呼べるひとも年々、あれは友だったのか、ただの通りすがりの顔見知りだったのではないかと最近は思い始めている。 人の断捨離をしている訳ではないが気がつけば一人だった。 寂しいかと聞かれれば何も感じない。 寂しいを通り越して無になりつつある。 それで良いのだろうかという葛藤はあるがなんだか面倒くさい。 人間関係、いくつになっても大変で悩ましいものだ。 家族は一応いる。 夫と子供だ。 家族は大事ですかと聞かれれば正直なところ、子供だけは大事。 産んだ責任と愛しさよ。 されど、子供には毒親と言われ、親ガチャハズレと言われた母親のセキララな日常を文章に綴って行こうと思う。