管理不全土地とのたたかい〜Vol.2 登記申請添付書類の閲覧請求
前回の記事に引き続き、Xさんの「管理不全土地」とのたたかいを追っていきたい。
代表者不在の会社
Xさんが所有する物件Aの隣地Bについては、誠実な宅建業者が新たな所有者になったこともあり、任意の交渉により、無事、枝の切除を請求することができた。
しかし、問題はまだ終わっていない。物件Aに通じる唯一の私道であるCに覆いかぶさる樹木の問題が残っているのだ。
私道Cは、物件Bの前所有者でもある宅地建物取引業者の代表取締役の男Yが、業者名義で所有している。Xさんは、この私道の適切な管理も求めようと、男Yの住所をあたった。
官報によると・・・
しかし、業者が一帯の入り口に設置していた「管理事務所」は既に運営実態がなくなって久しく、業者とは連絡が取れない。
Xさんは既に中央区とされているYの住所もあたっていたが、更地になっていた。
そこで、Xさんが行政書士にアドバイスを求めたところ、行政書士は、隣地Bについて「相続財産清算人」の登記がされていたことから、図書館に行き、官報でYの名前を検索すれば、相続財産清算人の選任決定の公告がされているかもしれないとアドバイス。
Xさんが実際に図書館で官報を検索したところ、実際に、Yについて平成28年に死亡、令和2年に相続財産清算人が選任されていたことがわかった。
このほか、Yの最後の住所、本籍地、生年月日などが判明した。
また、官報の供託金取り戻し公告から、Yが代表を務めていた会社が既に宅建業の免許を返上していることも改めて明らかになった。
登記申請書の第三者閲覧
しかし、Yの相続人が不存在とされている以上、Yの本籍地等を突き止めても、そこから相続人にたどり着くことはできない。
そこでXさんは、やはり行政書士のアドバイスを受け、Yの会社の所在地を管轄する東京法務局に赴き、会社の最後の登記の添付を閲覧することにした。会社の取締役として登記されているY以外の役員の連絡先を知るためだ。
ちなみに、会社登記の申請書の保存期間は、令和元年10月に規則の改正が行われ、5年から10年に延長された。Yの会社の登記は、平成26年10月に行われていたため、場合によっては記録が廃棄されていてもおかしくなかったが、閲覧申請と関係なく、登記情報が残っているかどうかを問い合わせることができる制度はない。
そこで、記録が残っていることを前提として閲覧を申請したところ、無事、閲覧許可を得ることができた。
登記申請書の添付書類の閲覧には、その閲覧について正当な事由が必要とされるが、物件Aと私道Cの位置関係に加え、会社役員は業務の執行について悪意や重大な過失等があった場合には、役員個人が第三者責任を負うという規定がある。
この第三者責任というのは、たとえ会社の行為であっても、役員としてあるまじきあまりにも重大なミスや、会社の名義を利用して意図的に他人に損害を与えたとしか評価できない場合、会社の行為について役員個人が損害賠償責任を負うという制度だ。
しかし、結果としては、この閲覧が功を奏することはなかった。
定款の規定や議事録の内容次第では、役員の就任承諾書に役員個人の住所が記載されているなどして、Y以外の役員の連絡先にたどり着く可能性もあった。しかし、Yの会社の議事録では、株主総会の席上、役員全員が就任を承諾したことになっており、役員個人の住所等の記載はなかったのだ。
Xさんは、登記申請の代理人だった司法書士の事務所に問い合わせたが、この登記申請以来、付き合いがなく、連絡先はわからないという返事だった。
「放棄された会社」隣人にのしかかる過大な負担
こうして、Xさんの調査は振り出しに戻ってしまった。
ちなみに、Yの会社の連絡先がわからなくても、会社に対して裁判を起こすことはできる。一時取締役の選任や特別代理人の選任を申し立てるという方法だ。
しかし、これらの方法をとる場合、裁判所により一時取締役や特別代理人に選任される弁護士等の報酬を申立人側で立て替える必要があり、その金額はどんなに簡単な案件でも5万5000円を下らない。
行政書士によれば、経営が放棄された会社の役員の中には、会社の清算手続きにも費用がかかることを嫌い、いわゆる「みなし解散制度」の適用を狙って、あえて12年以上会社の登記を放置し、法務局が書類上、会社を解散させることを狙う人も多いという。
「みなし解散制度」とは、12年以上登記がされていない株式会社について、法務局の職権により、会社を解散させることができる制度だ。会社を清算する手続きには、大きな手間と専門家に依頼すれば55万円からの費用がかかるが、意図的に会社を放置すれば、ある意味では無料で、会社を解散できるということになる。
Yの会社も、最後の登記からちょうど10年を迎えたところだ。残すところあと2年、死亡したY以外の役員たちが、この「みなし解散」を狙っている可能性は高い。
しかし、会社の経営が上手く行き、もうかっている間は積極的に登記をして株式会社やその社長を名乗りながら、いざ会社を畳むという段になると、まともに手続きをせず、放置した方が利益になるという制度はいかがなものか。Vol.1でも書いたように、自然環境もインフラも、適切に手入れし管理していなければ悪化する一方で公衆衛生にも悪影響である。
社会常識に即した登記制度の改正が待たれるところである。Xさんのたたかいは、まだまだ続きそうだ。