あんずかりん

素直に前向きに生きられなかった昔の私に、楽な生き方を教えてあげたい。

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最近の記事

家庭環境を言い訳に、自分に制限をかけていた

私が自分にかけていた「制限」週末に、NETFLIXで「極悪女王」を見た。プロレスラーのダンプ松本さんの半生を描いたドラマである。 めちゃくちゃ面白かったのだが、一番すっきりしたのが、まだプロレスラーになる前のダンプ松本さんがダメな父親(これがまた想像を絶するクソ親父)をぶっ飛ばすシーンである。かなり安普請の家のようで、ぶっ飛ばされた父親が壁にぶつかると家の外壁が崩れ、父親は屋外に転がってしまった。 それを見て、 「あー、私も生前の親父をあのくらいぶっ飛ばしたかったわ」 と割

    • 滞在時間3時間の初秋田

      今年は国内出張が多く、出張ついでに短時間だが旅行を楽しんできた。 7月は盛岡で夜遅くまで仕事があり、その日は盛岡に泊まった。 翌日は休暇をとり、隣県の秋田へ。 なぜ秋田へ行きたかったかというと、東北の中で行ったことがないのが秋田県だけだったからである。 秋田といえば、乳頭温泉、角館など名所はたくさんあるし、大館市の秋田犬保存会に行って秋田犬と戯れたかった。 だが、残念ながら、夕方には盛岡から新幹線に乗って帰京しなくてはならず、そんなに時間はない。 そこで、盛岡から新幹線で

      • 「光る君へ」と「ちはやふる」の聖地巡り

        人生初の琵琶湖8月に関西出張のついでに滋賀県大津市に遊びに行った。 神戸で仕事を終えたあと、新幹線で京都まで行き、在来線に乗り継いで大津市の膳所駅へ。 膳所は、最近人気の小説「成瀬は天下を取りに行く」の成瀬の住んでいる町である。 琵琶湖の向かいにあるホテルに着いたのは夜10時過ぎだった。 汗だくだったので大浴場に入る。大浴場から琵琶湖が見えるらしいのだが、真っ暗で何も見えなかった。 翌朝、ホテルを出て琵琶湖へ。 静かな湖でした。 7月に日本一深い田沢湖に行き、今月は日本

        • 教師に褒められたくて人生を間違えた、我が母親の話

          優等生だったことが自慢だった母親私の母親は、その地方の中核都市近郊の田舎町で生まれ育ち、家の近くの公立高校を卒業した。その高校では優等生だったことが自慢で、大学進学を勧められたが、妹がたくさんいるので家計を支えるために諦めたと言っていた。 姉などは「ママはとても勉強ができた」と崇拝しているが、大人になって叔母から話を聞いたり、自分なりに考察した結果、かなり話を盛っているのではないかと思う。 申し訳ないが、そこまでのレベルではなかったと思う。 学業成績はおいといて、彼女の人

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          大津市は「成瀬の街」だった

          8月のことだが、関西出張のついでに1日休暇をとり、滋賀県の大津市に行ってきた。 「なぜ滋賀県?」かというと、関西の中で唯一行ったことのない県が滋賀県だったからである。 大津市にはずっと行ってみたいと思っている場所が2つあった。 紫式部ゆかりの石山寺と、漫画「ちはやふる」の舞台である近江神宮。 さらに、6月に遅ればせながら、大津市が舞台の大ヒット作「成瀬は天下を取りに行く」を読み、琵琶湖でミシガンに乗るぞ!コロッケ定食を食べるぞ!という目標も追加した。 とても暑い日で、まず

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          一度旅に出ると、またすぐ旅に出たくなる

          旅行と時差ボケを経ての心境の変化先週はエジプトに旅行していた。 本当に素晴らしい旅だったので、旅行についてはまた改めて書きたいと思う。 エジプトに行く前、不安と憂鬱に襲われた。 アフリカ大陸やアラブ諸国を訪問するのは初めてだから、なんだか不安。 長時間の飛行機は久しぶりだし、飛行機が好きじゃないので、憂鬱。 旅行の計画を立てたときは「一生に一度はピラミッドを見なくては!」とワクワクしていたのに、である。 初めてのアフリカといっても、大手旅行会社の添乗員同行ツアーで個人行動

          一度旅に出ると、またすぐ旅に出たくなる

          「相手の意表を突くこと」が身を守ることにつながると学んだ小学1年の私

          小学1年の頃、近所に住むクラスメイトにいじめっ子(女子)がいて、毎日下校中にいじめられていた。いま思い出すとターゲットは私だけではなかったが、とにかくしつこかった。 その子に捕まるのが嫌で、足早に下校するのだが、追いかけてくる。 一時期、その子および取り巻きが 「あんずさん、〇〇持ってるー?見せてー!」 としつこく聞いてくる時期があった。 〇〇というのは、教科書とか、宿題のプリントなどである。 「見せて」と言われてランドセルから取り出すと面倒なことになるのは想像がついた。

          「相手の意表を突くこと」が身を守ることにつながると学んだ小学1年の私

          もやもやするときは動けば引きずらない!

          変化を憂鬱に思い、もやもやした話先週末、住まいについて、ちょっと動揺する出来事があった。 上の記事にも書いたとおり、いま住んでいるマンションのオーナーさんがこの部屋を手放すかもしれないらしい。 詳しく話を聞きたかったので、契約更新の書類を届けがてら、管理会社にお邪魔した。管理会社の社員さんによると、あくまで検討段階で、すぐに手放すということではなさそうだ。 いろいろ話すうちに、 「私が購入するのはありですか?値段次第ですし、オーナーさんが良ければ、ですけど」 と言ってみ

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          神頼みだけではどうにもならないけど、生きた人間だけが世界を動かしているわけでもないと思う

          思い出話を聞いてもらったら…先日、ある宗教の教師をやっている高校の同級生Tくんと、彼が働く教会について書いた。 今日は、この記事の続きです。 上の記事に書いたとおり、Tくんから、彼が教会長を務める〇〇教K教会の70周年記念祭のことを聞いた私は、仕事の調整がつくならぜひ参加したいと思った。 というのが、K教会の先代教会長で、6年ほど前に亡くなられたN先生には、忘れられない恩があった。N先生の娘さんがいらっしゃるというので、どうしても娘さんにお会いしたいと思ったのだ。 だが、

          神頼みだけではどうにもならないけど、生きた人間だけが世界を動かしているわけでもないと思う

          「神様への想い」がつなぐ、不思議なご縁

          同級生がきっかけで思い出したことコロナ禍の少し前に、高校の同窓会イベントで、Tくんという男子と仲良くなった。 高校は11クラスあり、知らない人がたくさんいた。特に理系クラスの人は教室も遠く、接点もなかった。同窓会では「はじめまして」から始まることも多かったが、みんないい人で、数分もすればもうお友達だった。 Tくんについて言えば、面識がないわけではなかった。だが、しっかり話したことはなかったので、 「ちゃんと話すのは初めてだね」 みたいなことを言った記憶がある。 Tくんはこ

          「神様への想い」がつなぐ、不思議なご縁

          浪人時代の私に告ぐ!

          浪人が決まった私へ浪人が決まったときの私、絶望してるよね? 国公立しか受けなかったので浪人してしまう可能性はあったけど、いざ浪人が決まると絶望するよね。あのときの気持ちは二度と味わいたくないわ。 でも、おばさんになって振り返ると、良かったこともたくさんあります。 高校ではあまり接点のなかった同級生と、予備校で友達になります。彼ら、彼女たちと知り合ったおかげで、人間関係は広がります。この人間関係は財産だと思います。 また、得意だった国語以外に英語にも自信が持てるようになります

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          小説「傲慢と善良」を読んで思った、他人の目を気にする無意味さ

          「傲慢と善良」を読んで数年前に読んだ辻村深月さんの小説「傲慢と善良」が映画になり、最近、SNSでも感想を目にすることが多い。 この小説は「婚活小説」であるが、私にとっては、人生全般における、自分の持つ偏見、他人の目を気にする愚かさを痛感する小説だった。文句なしに名作です。 以下、少々ネタバレありです。 数年前に図書館で読み、いま手元にないため、間違いがあったら失礼します。 まず、架と真実は、普通に生活していたら出会わないような組み合わせだなと思った。 架は華やかな人脈があ

          小説「傲慢と善良」を読んで思った、他人の目を気にする無意味さ

          「快適」を求めるなら、変化に対応することも必要

          管理会社からの連絡に動揺するいまのマンションに住んで10年になる。11~12年前、マンションを購入しようと検討したのだが、優柔不断でチャンスを逃してしまった。踏み切れなかった理由はいろいろあるが、ひとつは「お金に関する不安」だ。当時から貯金はあったし、投資も少ししていたが、とても少額だったので、 「投資によってお金が増える」 ということをあまり実感できないでいた。 だから、初期費用としてまとまった金額を払うことを躊躇したのだ。 その後まもなく、会社が確定給付型年金から確定拠

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          小学校以来会っていない彼女が、幸せでありますように

          くみちゃんとの出会いくみちゃんと出会ったのは、小学4年生の2学期の始業式のことだった。 おとなしそうな丸顔のかわいい転校生がやってきた。隣県から引っ越してきたらしい。 彼女はぽつんと教室の隅に立っていたので、私は、 「どこに住んでるの?」 と話しかけてみた。彼女はかわいい声で 「たけのこハイツ(仮名)」 と答えた。 「え?たけのこハイツ、うちの近くだよ。今日、一緒に帰ろうよ」 と言った。 たけのこハイツは、私の帰り道にあった。 その日の放課後、2人でたけのこハイツまで帰って

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          文学賞に応募してみた

          小説を書くことの効能今年の4月に「ちよだ文学賞」という、千代田区主催の文学賞に応募してみた。400字詰め原稿用紙に換算したら40枚くらいになったので、短編小説だろうか。締め切りの半月前くらいに着手して一気に書いた。細かい設定などを考えずに勢いで書いたので、ストーリーも行き当たりばったりで、他人が読めばかなり読みにくい出来だっただろうと反省している。 もう結果が出たようだが、当然ながら、私には連絡は来なかった。 しかし、今回小説を書いたことで、自分の気持ちにケリがついた気が

          文学賞に応募してみた

          保育園に行きたかった

          放置子からモンテッソーリ幼稚園に入れられた私両親は自営業をしており、幼稚園に入るまで、私は祖母と2人で家に放置されていた。父親が末っ子、さらに私は父親が40くらいで産まれた子だったから、祖母は幼児の面倒を見るには高齢であった。大人になって祖母の人生や性格を考えると、他力本願で、自分でどうにかしようという意欲の薄い人だったと思う。 そんな祖母と放置されている子供が人並みに発達するはずがない。幼稚園に入るとき、4歳にしては背が高く、体重もあったが、ずっと祖母と家の中にいたせいで

          保育園に行きたかった