自分で選択したからこそ
《いつも人のためだった》
もしかしたらそんな人は結構多数なのかも知れない。
親の顔色を伺い、親に嫌われないように、怒られないように、いろんな場面で自分の意思とは反対の選択をしてきたんだと思う。それでもいつも怒られていたんだけど。
結果、いつも親のせいにして不満だけが残る。
ずっとそれで生きてくると、それが当たり前になってしまい、自分を取り巻く人たちともそんな関係になって行くのです。
自分の意思がない。出したら嫌われるんだから出せない。そしてそれは結婚相手に対しても・・・
《女は男を立てるもの》
男の一歩後ろを歩いて
玄関先で三つ指ついて
女は家を守るもの
今の私からすると、お腹抱えて笑ってしまう🤣
『アンタ何様⁉️』って言っちゃうだろな
でもそれを結婚当時言われた時
そんなものか、という感覚でしかなかった私。
親から逃げたかった気持ちも大きかったので
結婚はある意味私の“逃げ場所”
そんなもんだ、それでいいんだ、そう思っていました。
でも・・・実は納得はしていない自分に出会う時がやって来ます
子供が持病の為、入院を繰り返した時期がありました。
付き添いで入院をする為、別居生活になるのですが、何とも快適で自由で最高でした。
誰に気兼ねする事なく過ごせる事がこんなに快適なのかと。
それでも最初はそんな風に思う自分はダメな奴と思っていました。だから誰にも言えない。
いろんな人といろんな話をするうちに、
『ウチは何かヘン』と思い始め、他の家庭と比較するようになりました。
でも子供の頃から自分を出さずに生きてきたからか、結局大人になっても自分は出さない。
いや、出せない。夫にもこうして欲しいとか、言えなかった。そしてまた誰かのせいにして不満だけが残る。
《転機は突然・・》
そんな状態で、親子関係も悪いまま、夫婦関係もストレスしかなかった日々を何年も過ごし・・・
蓄積された納得できなかった気持ちが少しずつあふれだし、いろんな事に嫌気がさして、少しずつ自分の殻を取り外し始めた。
『私はもっと自由になりたい』
まず、貯めたお金で子供たちを連れて海外旅行の計画を立てた。
そしたら、コロナが来て、旅行はキャンセルになってしまった。小学校は長期間休校。
外にも出れない、という今まで想像もしなかった状況に。 その次に起こったのは、夫が精神的に病んでしまい入院。
本当に落ち着くまでは子供たちの生活を守らなくちゃ!と必死でした。
でもある日、まだまだ頭がフワフワしていた夫に切り出された『離婚』。不謹慎かもしれませんが私は心の中で“ガッツポーズ”をしていました。
本人はその事を今は覚えてないみたいなんだけど。
その辺りから私はふと思いついた事に対して行動するようになりました。
そして『こんな風になればいいのにな』と思っていると、本当に“こんな風に”が目の前にやって来た。
割といつもカンの良い私は“これだ!”と感じそれを選択。
その結果がどうであれ、“自分の意思での選択”は悔いが残らないし、誰も恨まない。
そこから自分の本当の気持ちと向き合い大切にするようになりました。
そして、起業した。いろんな人にビジネス塾を紹介されたけど、自分がここだ!と感じ選択した所はやっぱり良かった。そしてそのビジネス塾の講師陣、私を繋げてくれた方々、そこで出会った仲間や先輩達全てが本当の私を掘り起こしてくれてどんどん変わっていく。幸せでたまらない。
自分があの時この世界に通じる道を選択したからこそ、なのです。子供の頃からいつも心にあった“何でこれしちゃいけないの?”“私っておかしいの?”“人と同じじゃないといけないの?”は、今は私の個性となり強みとなり幸せとなっている。
私、バンザイ🙌
#あの選択をしたから