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店員さん受難

「自分には絶対できないなあ」  
 
    コンビニエンスストアで高齢の店員さんに出会う機会が増えたような気がする。
 手際よく客からの「○○払い」とか「△△ポイント」の要請を端末機をピッピさせながら処理される姿を見て感じる私である。

 支払い方法が多様すぎる。また、税金の支払いやら宅配の受付などいろいろな手続きがここでできるので、その対処方法も身につけておかねばならない。
 私自身、たいてい電子決済である。こんな便利なものはないと思う。腕時計で支払いできるようにしているので腕をセンサー部に当てるだけで「チロリン」と完了だ。

 しかし、店の方では、そう簡単ではない。払う方法によって操作が違うように見受けられる。私ならきっと間違ってボタンを押してしまいそうだ。

 私の妻は、いわゆるポイ活マニアで、ポイントを使ったお得な商品を手に入れたりもよくしている。私にも利用しろとやかましいが、手続きがややこしそうで敬遠していた。
 妻が、レジでポイント対象商品を購入する際に、うまくいかない場面があり、後ろに並んでいる方の冷たい視線を浴びた経験も私に二の足を踏ませた。

「いろいろ覚えなきゃいけないことがたくさんあって、大変じゃないですか? 昔は現金だけでしたもんねえ」
 ある時、私と同年代くらいに見えた店員さんに話しかけたことがある。妻から、さんざんポイ活の洗礼を受けた後だったので気の毒になってつい声をかけてしまった。
「ええ、ほんとにねえ。参りますわあ」
と笑顔で返されたその店員を尊敬の眼差しで見つめたのは言うまでもない。

 そんな中、同じ日に2回
「ああ、店員さん、大変やなあ」
と感じる出来事があった。

 一つは、いつもよく利用している精肉店での出来事である。
 その店は、肉以外にも、「揚げ物」の販売もしている。しかも、注文してから揚げてくれるので出来立てのあつあつを提供してもらえる。結構人気である。しかし、揚げたてのありがたさは「待ち時間」に影響する。
 揚げ物を注文してから、手に取るまでの時間が長い。そのために、待合にソファまで用意してくれている。しかし、客が集中する時間帯は、ソファに座りきれない客が出てくることもあるくらいの繁盛ぶりだ。

 そんな「揚げ物フィーバー」の中で事は起こった。
「なあ、いつまで、またすん! もう、だいぶ待ってんねんけど!」
店中に響く女性の声。
「申し訳ありません。今、揚がりますので、もうしばらくお待ちください」
 一旦、その方は待ち合いの席に戻った。しかし、おさまらないのか、
「うち(自分のこと)が来た時、誰もおれへんかったやん。なんでこんな時間かかるん!」
「申し訳ございません。揚げるものによっては時間がかかるものもありまして、まもなくお出しできますので……」
「いやあ、注文受けてすぐに揚げへんかったんちゃうん!」
次第にエスカレートしていくお客。

 私は、何度も頭を下げて詫びを入れている若い店員が気の毒になった。
 その女性客の言い分ももっともだろうとは思う。私も、同じ目にあったら言っていたかもしれない。でも、店の中になんとも言えない空気が流れるのを感じた。他の客も同じだったことだろう。
 ようやく、商品を手にして帰っていくその女性が袋をひったくるように出口に向かった。
「ぜったい、おかしいよなあ。忘れとおっててんで(忘れていたに違いない)」
と連れの人にぶちまけながら店を後にした。

「たいへんでしたねえ」
と私が支払いをする時に声をかけると
「いえいえ、こちらが悪いので。カニクリームコロッケは、時間がかかることを事前に伝えておくべきでした……」
 どこまでも、できた店員さんだ。見習おう。

  同じ日、昨年オープンした大きなアウトレットモールに孫の誕生日プレゼントや妻のゴルフクラブなどを見に行くために訪問した。
 
 妻のゴルフクラブは、
「今日から、5000円引きになりました。2点買うと、さらに15%引きになります」
のキャッチに誘惑され、さらに妻が試打室で打ってみると
「え、すごい、このヘッドスピードは男性クラスですよ」
のお世辞とはわかっていつつも心地よいセールストークに気をよくして、きっちりユーティリティとアプローチウェッジの2本が荷物持ち係の私の手に収まった。

 別の店で孫の靴を購入したときだ。
 私は、入り口でレジに並ぶ妻の様子を伺っていた。
 大きな店なのだが、この日は、平日で起動しているレジは一機だけ。そこに一人だけ先客がいた。すぐに済むだろうと思って見ていたのだが、なかなか終わらない。

「あれ、何か、おかしいなあ」

そう思ったのは、店員の若い女性が何度も壁にかかっているトートバッグを客に見せている様子を目にした時からだった。初めは、何種類かあるトートバッグを提示しているのかなくらいに思って見ていたが、時間がかかりすぎている。店員さんは、明らかに困っている様子だった。
 どれくらい経った頃だろうか。別の店員さんが応援に駆けつけた。そして、その客の対応を交代していた。同時に、もうひとりの店員さんもやってきて、別のレジを起動した。結構な時間、後ろに並んでいた妻に
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
っと口が動いているのがわかる。

 しばらくして、そのトートバック問題の客が店から出てきた。おかしなことに、手ぶらだった。商品は購入しておらず、(別の店で購入された商品の袋をたくさん肩にかけていたが)あれほど、やいのやいの言っていたトートバッグも手にしていない。

「#$!=~%$///…!」

 私には、理解できない言葉で連れの男性に話をしていた。特に怒っているとかそういう感じではなかったが、嬉しそうでももちろんない。
「ああ、中国の人や」
心の中でつぶやいた。
 ほどなくして、会計を終えた妻が出てきた。

「あのさああ、レジの子、来てくれたやんかあ。『大変ですねえ』って声かけたら、『そうなんですよ。中国の方なので、説明が伝わらなくて。あのトートバッグ、店内で何か買った人にしか渡せないものなんですよ。なのに、『そのバッグだけが欲しい』とおっしゃっていて、わかってもらうのに、中国語ができる店員を呼んできたんです』だってええ。ほんまに大変やねえ」

 今年で、退職した妻は、「何か別の仕事してみたいわあ」と常々言っていて、先ほど訪れたゴルフショップを出るときに
「私、ゴルフショップの店員やったらできるかな」
と言っていた。
 妻は、高校時代にパン屋で長い間、アルバイトしていて、レジ打ちにには自信があるらしい。また、母親がアパレル関係の店を持っていた経緯もあって、服の販売にも関わった経験があるからそんなことを口にしたのだと思う。もちろん、レジの電子化もインバウンドもない時代の話である。
 でも、先ほどの光景を目の当たりにして
「これからは中国語でけへんかったら無理やなあ」
とゴルフショップ店員の道は早くも閉ざされたようだ。


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