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3びきのおっさん うどん旅

「Kちゃん、ごめん! ねぎとおろし生姜と出汁醤油、一式忘れてもた!」

 玄関でTさんが叫んでいる。
 雨で、濡れたカッパを脱ぎながら、「言い訳」が始まる。
「朝、起きて、さあ、出ようと思ったら、まさかの雨やんか。バイクやし、雨カッパ用意して、荷物を濡れんように段取りしている内に、冷蔵庫に置いてあった『うどん調味料』一式飛んでもた」
 雨具を玄関に置いて、部屋に入ってくると、「すまんのう。すまんのう」とひたすら謝るTさん。
「そんなん、大したことないやん。ねぎも生姜もあるし。ちょうど昨日おろしたばかりの生姜瓶に詰めたとこ。ねぎは、今から刻むし・・・だし醤油も心配いらん。鎌田のあるで」
(なぜ、こんなものが必要なのかは読み進めていただくとわかってもらえるかと思います)
 私が答えると、Tさんは少し安心したようにもう一度「すまんのう。全部、雨のせいや」とつぶやいた。
 時刻は、夜明け前の5時45分。
 ちょうど、もう一人の同行人であるFさんも「行くで!」と入ってきた。彼は、今回も車を出して運転してくれることになっている。


8度目となる「うどん旅」は、こうして幕が開いた。 (拙稿「キング オブ グルテン」)


 このうどん旅は、Fさんの、墓参りをするために始まったものだった。その墓は香川県と愛媛県の県境付近にあった。誰も世話をする人がいなくなり荒れ放題になっているそうだ。
「せめて年に1度か2度くらいは参ってそうじを」という役目がFさんに回ってきたらしい。
 私たちは、3人とも奈良県民である。
 奈良からその墓までは、高速道路を使って車を飛ばしても4時間はかかる。
 その仕事をFさん一人で行くのは、気が重い。そこで、いつも行動をともにしているTさんとうどん好きの私を釣って「うどん食べさしたるから一緒に墓そうじしてほしい」とFさんが呼びかけたという流れである。
 スタートは、2020年の11月だったので、かれこれ4年目を迎えている。
 大のうどん好きの私は、渡に船の話で喜んで飛びついた。
 
 この墓参りうどんツアーが始まる前にも3度、香川を訪れ讃岐うどんを味わっているが、「やっぱり讃岐うどんはうまいいなあ」という程度の「はまり方」だった。

 しかし、このうどんツアーが始まってからは、違った。
 もっと、ディープなうどんの世界、いや、沼にずっぼりはまって行ったのである。

 同行の、Tさんが、かなりのうどん通で、「麺通団」が引き金となった一大うどんブームの頃からバイクでよく通っていたらしい。彼の趣味はバイクツーリングだった。
 Tさんが第1回目のうどん旅のプランを立て、プリントアウトされた「栞」を見た時、私は、目が点になった。
 1泊2日、一日5軒ずつ回って10軒のうどん店がプランに組み込まれていた。
 いくら、大食漢の私でも3件くらいではないかと思っていた。
 ところが、いざ、行ってみると、これが食べられるのである。
 はじめから、「はしご」前提なので、どの店でも、「かけ小」(具が何も入っていないかけうどんで1玉)しか頼まない。天ぷらやおでんなどの誘惑には、一切惑わされずに、ひたすらうどんのみをいただくのだ。すると、5軒くらいは、余裕で回ることができるということが証明された。
 同行の2人は、私ほどの大食いではないが、そんな二人でも全ての旅程をともにすることができたでのである。
 これも、さぬきうどんだからこそだと思う。
 どの店も一つとして同じうどんはないし、食べ方も、熱いか冷たいか、出汁につけるかぶっかけるかなど、食べ方のバリエーションも豊富なので飽きないのだ。
 さらに、とにかく「安い」。
 ツアーを始めたころは、かけうどん一杯200円程度だった。今では、250円から300円になっているが、それでも、ラーメン1杯1000円の時代、かなりのハイコストパフォーマンスである。


 今回で、8回目となった。
 毎回、リピート店と未踏店をバランスよく入れているのだが、訪れた店は60軒近くになっている。(それでも、まだまだ行ったことのない店がたくさんある)
 例えば、今回は10軒中、7軒は未踏店であった。

 さらに、前回の7回目から、新しい「技」を編み出した。
 それは、名付けて「玉買いーMY丼」方式である。
 店にあらかじめ電話連絡で「うどん玉」のみを購入することを伝えておく。
 店に到着すると、ゆがいたばかりのうどん玉を受け取る。
 これを車に持ち込んで、適当な場所を見つけ車を停める。そこで、家から持参しているMY丼にうどん玉を落とし、これまた家から持ってきたねぎや、生姜、七味、すだちなどの薬味をのせて出汁醤油をぶっかけて食するのである。
 この方式を編み出したTさんは、実に上手いことを考えたものだと思う。
 このやり方だと、どんなに人気店で行列ができていても、待つことのない「FAST PASS」を持っているのと同じなのである。
 今回、超人気店である「がもう」うどんや、比較的新しいが、高評価の人気店「瀬戸晴れ」に行った。どちらも20人以上が並んでいた。
 その行列を横目に、玉買いという名の「FAST  PASS」見参なのである。しかも、某テーマパークのような目ん玉飛び出るような料金の請求は一切ない。ただし、玉買いできない店もあるので、事前に確認が必要だ。
 今回も、「玉買い方式」で臨んだが、1玉120円のところが多かった。一番高い店でも160円だった。5軒回っても1000円でお釣りがくる。

 さらに、今回は、バージョンアップしている。
 家からカセットコンロと鍋、湯切りざるを用意したのだ。
 カセットコンロで寸胴と呼ばれる鍋で湯を沸かす。
 この鍋の中に、うどん玉を落とし、湯切りざるで「シャッシャッ」とするのである。
 これで、あったかいうどんも楽しむことができる。卵も持ってきたので、温玉ぶっかけという贅沢も選択可能だ。

「とうとうここまで来たかあ」
車の後部ハッチを開けて、湯を沸かし湯切りしている時つぶやいた次第である。
「こんなことしているやつおるんかなあ」
「おそらくおらんやろ」
と言いながらうどんを喉に通す。
「うん、美味い! エッジが効いて最高やあ」
グルテン王国の沼にどっぷりつかった3匹のおっさんたちであった。

 ただ一つ、道ゆく人に「あの人ら何してんねやろ」と怪訝そうな顔で見られることだけがお慰みである。まあ、旅の恥はなんとやらだ。別に法に触れることはしていない。

 

 今回、こんなシーンがあった。
 1日目の夜である。
 もはや定宿と言っていいくらいお世話になっている琴平パークホテルのフリースペースで鍋を囲んでいた。このホテルは、持ち込んだ食材で「自炊」できるキッチンスペースがあるのだ。私たちは、毎回ここで夕飯を自前で準備する。
 今回、これまたマニアックな話なのだが、ハンターでもあるFさんが、猟師仲間からもらった「猪肉」でボタン鍋でほかほかしていた。そんな時、
「Kちゃん、俺、もうさすがにうどん飽きてきたわ。明日もうどんってしんどいわあ」
とTさんがこぼした。
「そうかあ、短い付き合いやったなあ。ほな、もう俺一人で行くわ」
と酒も入った勢いに任せて投げやりに放言していた私。

 まあ、気持ちはわからないでもない。
 2日間、うどん以外ほとんど食べることのない(夕飯でも鍋に締めのうどんを入れる)、もはや修行のような旅なのだから。
 
 4年続いたうどんツアーが危機に瀕したのである。


 そして、迎えた二日目の朝、
「昨日の話やけど、もうしんどいのわかったから3軒だけつきおうて。俺も、自分だけ5軒回るのおもんないし、3軒で奈良に帰ることにしよ」
と私は言った。
 二人ともホッとしたように
「わかった。わかった。それやったらええわ」


ところが、出発して食べ出すと
「美味い、やっぱり、やめられん!」
と後ろ向きだったTさんが前言撤回。
 結局プラン通り、5軒回ったのであった。
 これも、讃岐うどんの力なのだろう。

「ということは、来年もあるんやね」
「もちろんやああ!」
「よっしゃああ!」
 運転していたハンターFさんは無言だったが、きっと墓参りに来年も3人で来られることとなり、別の意味でホッとしていたことだろう。


 
 琴平パークホテルの8階の展望大浴場から讃岐平野を一望する。
 讃岐富士と呼ばれる飯能山が目に入る。
 遠くに見える山々の名前は知らないが、はるか彼方に瀬戸大橋が見える。

「ああ、今回も幸せのうどん旅やなあ」

独言して、「ふうっ」と息を吐く。


 脱衣場にある、体重計には乗らないで部屋に戻ろう。

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