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イギリスで客車列車に乗った話

noteでは言及したことがなかったが、筆者は2018年にイギリス旅行に行ったことがある。ビッグベンも罰金バッキンガム宮殿も大英博物館も行くことなくひたすら活動時間は列車に乗るのを基調に、最初2日間はヨークとシルドンの国立鉄道博物館を見学するという鉄道漬けの1週間だった。

2020年の鉄道車両バリアフリー規則(PRM TSI)変更間近ということもあり手動ドアの旧型車が走っていた時期でもあったが、その他の理由もあり思いがけずに懐かしの客車列車に乗る機会に複数回恵まれたのだった。今回はそれについての思い出記事としたい。

1.乗った客車列車

2018年の渡英では以下の客車列車に乗車した。今回は下記ⅲ、ウィンダミア支線にフォーカスして来週ⅳについて語ってみたい。それ以外は今のところ予定はないものの記事がネタ切れになったら書くかも。
ⅰ.インターシティ225
ⅱ.グレート・イースタン本線
ⅲ.ウィンダミア支線
ⅳ.カンブリアン・コースト線

ⅴ.インターシティ125
ⅵ.カレドニアン・スリーパー

上記のPRM TSIによってイギリスの鉄道では車両が大きく様変わりした。日立の車両が輸出されたと話題になった「クラス800」シリーズはⅰとⅴの置き換えに投入されたもので、その後の需要変化によりⅰは一部が残存(→他社製車両により置き換え)したもののⅴは置き換え済み。ⅱとⅵはそれぞれこの旅行の後に新型車両が投入されておりかつての姿は見られない。
そして今回フォーカスするⅲとⅳ、これは普通列車用の気動車が不足していた時期ならではのものだった。前置きはこのくらいにして2018年の北西イングランドを覗いてみよう。
なお、以下の内容では形式などについてイギリス鉄道の専門用語が使用されることがある。なるべく平易にするよう心がけたものの、不明点は各自検索されたし。

2.湖水地方に向かうピンチヒッター

日本でも有名な北西イングランドの観光地、湖水地方。その中心地であるウィンダミアに向かうローカル線はウエストコースト本線のオクセンホルム駅から枝分かれしている。
2018年6月、衝撃的なニュースが飛び交った。この地域の地域輸送を担う列車運行会社は乗務員不足のため、この路線を当面バス代行させるというものだった。約1ヶ月間の代行となったのだが、そのうち後半はそのバス代行とは別に普段SL列車の運行を担う会社がピンチヒッターとして客車列車を走らせたのである。筆者はちょうどイギリス旅行中、偶然当時ロンドン在住のTwitter(現X)のフォロワーさんと出会いこの列車運行の情報を仕入れて喜び勇んで向かったのである。改めてその節は本当にお世話になりました…

ウエストコースト本線の急行電車(当時)

当日朝、オクセンホルムのいくらか南の主要駅であるプレストンのホテルからディーゼル特急*で北のカーライル駅に向かいしばらく駅見学をした後にマンチェスター空港行きの急行電車*でオクセンホルム駅に降り立つ、話にあった客車列車が目の前に停まっているではないか。
*:イギリスの鉄道では日本的な種別は使用されておらず営業制度上は全て同じ運賃制度になる。運行区間・停車駅・車両設備などから解釈し、便宜的に当てはめたものとご理解いただければ。

クラス57 電気式ディーゼル機関車

↑Windermere
57316
6103(Mk.2F TSO)
6000(Mk.2F TSO)
9493(Mk.2D BSO)
37669
Oxenholme↓

上の編成を見ても読者の大半はさっぱりだと思うが、"57316"はもともと本線用の電気式ディーゼル機関車である"Class 47"を改修した"Class 57/3"という機関車の一部。日本で言えばDD51の改修型とでも言うべきものだろうか。下の"37669"は"Class 37/6"の改修型で、上記の"Class 47"よりは出力の小さな亜幹線での使用をメインに想定した機関車だ。

後ろ側の"Class 37" ヘッドマークを付ける粋なはからい

中間の3両が客車で、1970年代前半に製造された車両である。イギリス国鉄は1948年の発足直後こそ工場ごとにそれまでの私鉄で設計された車両を造っていたが1950年代に後に"Mark 1"と呼ばれる第1世代の標準型客車を製造し、1960年代半ばに第2世代の標準型となる"Mark 2"客車に移行、1970年代に製造されるようになったD,E,F型は冷房が搭載されており、上記の編成はそのうちD,F型が組み込まれているというわけ。日本で言うなら12系あるいは14系の座席車と言ったところだろう、登場時はウエストコースト本線の特急列車としてロンドンからマンチェスターやグラスゴー・バーミンガムなどに走り回っていたのである。

Mark 2客車の室内

TSOとBSOは客車の仕様を表すもので、両者に共通する"SO"が"Second Open"すなわち二等開放客室という意味。この頃はコンパートメント客車も珍しくなかったので客室の仕様もわかりやすくする必要があったのである。
そしてTとBは"Tourist"と"Brake"の意味、前者は2+2の座席配列であることを意味するものだが、"BSO"も座席配列は同じく2+2となっている。おそらく1+2配列の"SO"がMark 1客車時代にあったためそれとの識別と思われる。後者は緩急車という意味だが、イギリスの客車の場合基本的に手荷物保管などのために荷物室があるので"TSO"が「オハ」で"BSO"が「オハニ」と思えば大体のイメージが出来上がる。

田園地帯をしずしずと

終点での機回しの手間を省くためか前後に機関車が付いているのでなかなか賑やかだ。とはいえ通常の気動車などに比べるとだいぶ静かに列車は走る、外は重く雲が立ち込め時折雨がぱらつくこれぞブリティッシュウェザー、「同業者」もそれなりにいるもののイギリスでのそれはかなり平和なもので思い思いに記念撮影を楽しめる空気だった。
のんびりとした小旅行の末列車はウィンダミア駅に到着、ここで降りるわけだが眼の前で若い二人連れがドアに付いているバーを押し引きしているのだがドアが一向に開かない。すわハプニング発生かと思うだろうがなんのことはない。このドアには開け方があるのである。

ウィンダミアに着いた列車、ドアに注目

そもそも開き戸という時点で日本の常識からすると驚きなのだが、黄色いバーを動かすだけではドアは開かない。目ざとい人であればドアの窓が開いていることに気付くだろう、車内からこのタイプのドアを開けるにはドアの窓を開けて腕を外に出し、外にあるドアノブをひねってドアを開けるのが正解なのである。客車を意味する英単語"carriage(あるいはcoach)"はもともと馬車を意味する言葉なのだが車両が冷房化されたような時代まで馬車の伝統が脈々と引き継がれていたのである。というかこの構造、最高速度200km/hを誇るインターシティ125にすら採用されていたのだ…

「現役時代」の面影

さてこの客車、SL列車の運行を担う会社が保有しているのだがいくら近年にSLを新造するほどの鉄道趣味大国のイギリスといってもSL列車のために新型客車をこしらえるようなことはなくこのような中古の客車を集めてカラーリングをふさわしいものとして運行している。上の写真はこの車両がロンドンからノリッジ(ノーフォーク農法発祥のノーフォーク州の中心都市)を結ぶ都市間列車で活躍していた際に「土休日と祝日なら安くファーストクラスに乗れるからどうですか」という宣伝がされたものだ。今あってもノイズにしかならないような掲示とも言えるが、なかなか面白いではないか。

機関車との連結面
より原型に近い車内

帰りは行きとは異なる車両に乗ってみた。モケットが先ほどと異なるが、基本的な構造は製造時からあまり変わっていない。案内のための係員さんが一人ひとりにどこに行くのか、それならこのように行くと良いですよと案内していたのだがスマホを持っていた怪しいアジア人男性(筆者)に「この後カーライルに行って、そこからバローに行くんですよ」という意味不明な経路を説明され困惑を隠せなかったようだ、客車列車マニアって困るね()

座席を上寄りから、差込口は座席の予約票を挿し込む

楽しい時間はあっという間に過ぎてオクセンホルム駅に戻ってきてしまった、さすがに2往復目とはいかない。上述の通りここからまた別の客車列車に乗りに行くのだ。それまでしばしの撮影を楽しむ。

しばし佇む客車
"BSO"車両
各種の表記類に心躍る
BSOを反対側から
なぜか日本語

直訳感溢れる日本語の告知ポスターを見ながらしばらく待っているとカーライルに向かう急行電車が少し遅れてやってきた。なんとなく後ろ髪を引かれるような、でもここからも楽しい時間が待っている。そんな複雑な思いとともにファーストクラスの座席に腰を下ろしたのだった。

8分遅れの急行電車

余談:この列車の運賃について
もともとこの列車は本来列車を運行すべき事業者がそのつとめを果たせなかったゆえにピンチヒッターとして運行されたものである。そのためこの列車の運行は特別に運輸省が必要額を拠出したので旅客の負担は無料となっていた。無料で歴史的な客車列車に乗れるのは羨ましい気もするが、その背景を考えるととても手放しで喜べるものではないと思う。

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