イギリスで客車列車に乗った話②
(前編・ウィンダミア支線編)
2018年の渡英時に乗車した客車列車6列車、うち今回はカンブリアン・コースト線の客車列車について思い出をまとめてみたい。
冒頭にこの耳馴染みがないであろう路線の簡単な紹介となるが、この路線は造船の町のバロー・イン・ファーネスからアイリッシュ海に沿って北上しセラフィールドやウォーキントンといった町を通りながら最終的にカーライルにまで至る路線だ。都市間列車の運行はなくローカル輸送用の気動車がメインで、時折保存蒸気が走るほか途中のセラフィールドにある核燃料の再処理工場へ使用済み核燃料を運び込む貨物列車も運行されている。筆者は別路線でこの核燃料列車かもしれない列車を見たような気もするが、撮影などは叶わないタイミングだったのが残念。下記画像はGraham Farishより製品化されている核廃棄物貨車"FNA"(Nuclear Flask Wagon)のNゲージ模型(筆者所有)。
なにやら剣呑にも思えるような要素もあるとはいえ、アイリッシュ海の沿岸をひた走る景色は美しく魅力的な車窓が楽しめる。そんな区間を懐かしい客車列車で辿れるのだからとウィンダミア支線の興奮もほどほどに急行電車からカーライル駅に降り立ったのだった。
3.核燃料運搬会社が保有する客車列車
ウィンダミア支線での楽しい客車旅を終えて3時間ぶりのカーライル駅に降り立った、約1時間後に発車するバロー行きの客車列車こそ個別の列車で言うならこの訪英で最も楽しみにしていたテーマでありカーライル駅の壮麗な造りもあって気分は更に盛り上がる。駅前を少し散策ししばらく飲食物の購入も期待できないため構内のコンビニでサンドイッチなどを購入して列車を待つ。
イギリスの幹線駅ではよくある構造なのだが、上の画像のような通り抜け式のホームに出入りするのは多く幹線の優等列車でローカル線列車はその端に用意された小さな切欠き状のホームに発着することが多い。カーライル駅におけるカンブリアン・コースト線もロンドン側にある切欠きホームがお決まりのスポットで、少し余裕を持って行ってみるともう入線していた。
新型のディーゼル機関車である"Class 68"形が3両の客車をサンドする構成になっていた、れっきとした本線級の機関車なので牽引力としては1両ですら十分すぎるのだが機回しの手間を削減するための構成だろう。
2018/Jun/20 12:08
Carlisle/CAR to Barrow-in-Furness/BIF
68017"Hornet"
9705(Mk.2F DBSO)
6008(Mk.2F TSO)
6046(Mk.2F TSO)
68003"Astute"
all DRS livery
基本的に貨物用の機関車にも関わらずパーソナルネームが入っているのは面白い。客車は前回記事でも紹介した"Mark 2"客車でやはり後期型だ。途中の"DBSO"という見慣れない形式が目を引くが、これはもともと国鉄時代にスコットランドのエディンバラとグラスゴーを結ぶシャトル列車の効率化のために運転台を増設した客車。ただしこの時には運転台は使用されず中間に封じ込めとなっていた。
さてこの列車は"Direct Rail Services"社が保有している車両で運行されていた。この会社なのだがもともとはイギリス国鉄の民営化に際してこれまで国鉄が担ってきた使用済み核燃料の鉄道輸送を担うために1994年に設立された会社で、その後スーパーマーケット向け商品輸送などの事業多角化を進めてきた。カンブリアン・コースト線はセラフィールドの再処理施設への通勤輸送も担っている一面があり、その一環として客車を整備して旅客輸送を行っていたのである(2018年末にこの地域のローカル列車運行会社が気動車を増備し、それにより置き換えられた)。
その他の特徴としては一部区間は古い規格で造られた路線のため地上設備が車両限界ギリギリの寸法で造られており、ドアの窓から身を乗り出さないように格子が取り付けられていた。デッキなのでほとんど気にならないものではあるが、それでも囚人護送列車か何かのような気分は否めない。
客室に入ってみると先程のウィンダミア支線の客車と基本的な造りは同じだが、ゴミ箱が目に付きドア付近の座席が撤去されている。マーク2客車の座席ならこれからの2時間半気分良く過ごせそうだ、あとはあまり混まないといいなと思っていると発車時刻になり動き出した。乗客はまばらで1両に数人といったところ、ドアの窓が開いていて走行音が盛大に入ってきたのだがその割には最新の機関車なだけあってかあるいは乗車位置のせいかエンジン音もそこまでは聴こえてこない。
カンブリアン・コースト(海岸)線とはいうが、途中のメアリーポートまではイギリスの田園地帯を走る路線らしく時折放し飼いの牛や羊なども見かけながら内陸の丘陵地帯を走っていく。この区間はもともと"Maryport and Carlisle Railway (M&C)"によってこの近辺に当時あった炭鉱からの石炭輸送をねらって1840年から1845年にかけて建設された。その後メアリーポート以南の路線が他社によって建設され、最終的に第一次世界大戦後の1923年に周辺他社と同時にLondon Midland and Scottish Railwayに合流してその後の国有化と再度の民営化を経験し今に至る。
見た限りでは乗客の乗降はほぼないままメアリーポート到着、そして線路はここから海沿いに出てセラフィールド付近までの多くの区間でアイリッシュ海を望みながら南下していく。10分ほど経ってウォーキントンを出たあたりでついに待ちに待った海の景色をカメラに収めることが出来た。
この時点でカーライルを出て1時間程度、客車列車の旅は折返し地点までもう少しというくらいか。列車からこうもきれいに海が見えるとやはり気分がいい、それもこの旅の1年と少し前くらいから本格的にイギリスの鉄道に興味を持って以来特に関心があった国鉄時代の客車に乗って眺められるとはどこまで贅沢な時間なのか。目に入る全てをカメラでずっと記録したいようなあるいは何もせずただただ列車に揺られる感覚を大切にするべきなのか。ちなみにこの直前に勢いよく自分の車両に鉄道会社の職員さんが数名勢いよく乗ってきていた。主要駅付近では少し内陸に入りつつ、列車は海岸を走っていく。
そして発車から1時間半程度、13時半過ぎにセラフィールドに到着する。原子力産業で有名なスポットだが鉄道についても注目すべきポイントであり、イギリス全土の原子力発電所から走ってきた核廃棄物輸送用の貨車が停まっていたり現役の信号所がある。イギリスは今でも本線鉄道での腕木式信号機が珍しくないのだが、ここでもそれを眺めることができる。
時間という点でも折返し地点を過ぎ、ここからは車窓も内陸に寄っていくために列車の乗り心地をただひたすらに満喫する。朝から盛り沢山な日程だったのもあってそろそろ眠気に誘われる…かと思いきやそれほどでもなく汽車旅をめいっぱいに楽しんでいた。イングランドの田園地帯と言ってしまえば他に比べてそこまで特徴的な景色ではないとはいえ普段の気動車や特急列車などと客車列車では見たときの気分が大きく異なる、単純に速度が原因かもしれないが。
最初はずっと続く旅のように思えた2時間半も終わってみるとあっという間、もっと乗っていたかったと後ろ髪を引かれるような思いが募るも列車は無情に終点に近づいていく。終点のバロー・イン・ファーネスの駅が近づいてくるとディーゼル機関車と数両の客車が見えてくる。あれはClass 37による客車編成だ、この直前まで定期運用に入っていたようだが撮影時点では使用されていなかったようだ。
ちなみにこのバロー・イン・ファーネスは「きかんしゃトーマス」の舞台の最寄りとなっており、マン島を管轄する教区「ソドー・アンド・マン教区」のうち「ソドー」にあたる地域がないことに着目しマン島とグレートブリテン島の間に設置された架空の島こそがソドー島なのである。
列車を降りて地下道をくぐりマンチェスター行きの気動車に乗り込む。ここからはファーネス線と呼ばれる区間で昔はロンドンからの直通寝台列車なども走っていた。筆者はここまでの客車列車で燃え尽きていたのだが、ここもなかなか景色の良い路線で再訪なった暁には改めて楽しんでみたい路線だ。
保存列車などを運行するWest Coast Railway Companyの本拠地があるカーンフォースでウエストコースト本線に合流したら下車駅のランカスターまであと少し。ちょっと早い気もするけれどそろそろ夕食としよう、特急列車に乗ればなにか出てくるのがファーストクラスのブリットレイルパスのありがたいところだ。この旅の間はファーストクラスのサービスで出てくる食事のお陰で列車旅を満喫し、食事についても大いに助けてもらったのだ。