年の瀬南会津
この年末、東武鬼怒川線から南会津に通じて会津若松までのルートを成している野岩鉄道は珍しい運行形態となった。定期の普通列車を東武鉄道のジョイフルトレインである「スカイツリートレイン」が担当し、同社所属の6050系は日中に増発された臨時列車に就く。
野岩鉄道の普通列車は朝晩に集中しているため日中に6050系に乗るという時点で快速・区間快速時代を彷彿とさせる少し懐かしい体験になる。年末の空気にふと誘われた気がして2023年の乗り納めとして東武日光線をはるか北上することにしたのである。
いつもの野田線、そしてすっかり少なくなった東京メトロ8000系で南栗橋に。ここから新藤原行きの電車で一気に移動することになるのだが、座席に座れるのか心配になるほどの待っている乗客が並んでいる様子には驚かされる。結論特に座る場所に拘らなければ着席出来たのだが、殆どの乗客が結局下今市以遠まで乗り通したのも驚き。なんとこの列車乗り通せば2時間以上というかなりのロングラン列車なのだが…
南栗橋のトイレにかつてあったという新大平下のトイレを感じながら冬の関東平野を北に、元の活躍場所とは全く異なりつつも力強く走る姿はなんとも頼もしい。そんな長時間の鈍行旅もSL大樹に見送られると終わりはもうすぐだ。
南栗橋以北の普通列車は通常20400型オンリーとなっているので、それ以外の普通列車というだけでかなり新鮮。とはいえ2006~'13年の区間快速時代は東武動物公園以北全てが各停だったのだから所要時間でいうと大差ないことになる。なんとも偉大な「鈍行列車」がいたものだと10年が経ち改めて思う。
さて、現代に戻ろう。鉄道ファンや実用的な理由で乗る人含め車内は割と盛況で各ボックス1人ずつに加えロングシートに数人といった塩梅。
野岩鉄道は全線にわたってトンネルが多いため日中でも往年の夜行快速急行を思わせる車内を味わえる。最も印象的なのは照明が少し薄暗さを感じさせるような暖色ということか、しかし流石に写真では強調し過ぎてしまったような。
2駅目の川治温泉駅で特急との交換待ち、そうなるとにわかに撮影会のような雰囲気となり特急が来るまで続く。
そういえば午前中(明るい時間)の野岩鉄道は初だ。新藤原方面から乗る際はほとんど夜行列車だったのでいくらなんでも早すぎ、反対方向に乗るのは午後ということで爽やかな日差しを浴び進む。
40分ばかしで終点の会津高原尾瀬口駅に、ここには後でもう一回来るのでお土産のチェックやこの後車内でつまむものを購入。そうしていると折り返し時間はまたたく間に過ぎ新藤原行きに乗り込む時間だ。
さて発車時間…なのだが会津田島に向かうリバティが少々遅れているとのことで撮影タイム延長、そのリバティが滑り込んできてこちらも発車となった。
桃ジュースを口にしつつ今来た道を戻る、新藤原の時点では全く無かった雪が段々と標高とともに増えていく様子が見られるのは興味深い車窓だった。
雪が減っていき東北から関東の景色に変わっていく…といっても野岩鉄道は終点の会津高原尾瀬口駅を除いて栃木県内の路線ではあるが、雪が減っていくと冬の関東といったイメージが強くなる。新藤原ではしばしの撮影の後昼食へ、駅近くの蕎麦屋で天ぷら蕎麦を頂く。年越し蕎麦というには早すぎるが、柚子の香りがなんとも心地よい。
再び旅を始めよう、二度目の会津高原尾瀬口行きは乗客数も増えて少し賑やかに。そして川治温泉ではまたもリバティとの交換待ち。
食後でDH-25コンプレッサーに揺られているとつい眠気がさしてしまう、しかもこの6050系という車両は暖房がよく効き座席も掛け心地が大変宜しくスウッと微睡んだかと思ったら会津高原尾瀬口に到着していた。
先程に比べれば折り返しには余裕がある、地のものを選んで買えるのはこの旅程ではここが最後なのでお土産含めて選択して結局地元の材料を使ったジュースを購入。いよいよ帰り、4回の6050系乗車もラスト1回だ。
最後の乗車で選んだのはモハ、心地よいモータ音を聴きながら過ごす時間はえも言われぬものだ。新藤原ではお酒の販売などというものもあり、下戸の筆者にとっては縁のないものではあるのだがなるほどこれは需要がある。
川治温泉で再び交換、今度は定期普通列車すなわちスカイツリートレインだ。ところがこれが数分遅れていたことにより停車時間を利用した撮影タイムも思わぬ形で数分延長。
新藤原へは結局4分遅れ、到着し乗客を降ろすと足早に留置線に戻っていった。こちらも一旦駅舎に戻り時間をしばらく潰していると今年最後の特急乗車だ。リバティ会津140号、500系トップナンバーが今年の特急乗り納めとなった。さて来年はどんな列車でどこに行き、何と出会うのだろう。