春猫
一つ、欠伸をした。
こんな晴れた日は思索に耽るなどの馬鹿げたことはよしておいて、何とはなしに道を歩くに限る。
桜の散る遊歩道をふらふら歩いていると、紋白蝶が視界の端に映り込む。彼もまた、なにも考えてはいなさそうだ。
暫く歩くと、出店などが出ている少し広い道に出た。
血を吸い上げた様な鮮やかな桃色に人々は魅了されているようだ。人集りの隙間を縫う様にして歩く。誰も私を見向きはしないが、それが私の気分を良くさせた。
春になると人は浮かれる。気持ちが気候に左右される生き物というのも物珍しいものだ。雪溶けを待ち望む植物は少なくないが、彼等はそこに希望を見出したりはしないだろう。ましてや浮かれる事は恐らくない。
同種と思しきものが向こうからこちらに歩いてくるのが見える。
そいつも人混みを掻き分けてのそのそ歩いているが、どこか落ち着きがない様に見える。
目は虚に落ち窪み、背をかなり曲げて歩いている。
なんとなくだが、あいつは近いうちに死ぬだろうな、という予感がする。私の予感は割に当たる。
すれ違うときにちらとこちらを見たが、すぐ前に向き直り、のそのそと歩いて行ってしまった。
「またここで、会えたら会おう。」
心でそう呟いて、人混みを後にした。
川に差し掛かる。
水面が桜の花びらを運んでいく。
川は海まで続くと聞いたことがあるが、海には桜の花びらが浮いているのだろうか。もしそうならば、とても良いなと思った。
川の縁に一本の花びらが散りかかった桜が立っている。
その下に横になった。
少しだけ眠たい。
一つ、欠伸をした。