<連載小説> 沈み橋、流れ橋
―明治・大正・昭和 一族三代のものがたり―
<番外編> 駒蔵のお宝、「なんでも鑑定団」に出る! の巻
ことの始まりは一枚のチラシだった。
昨秋、私の暮らす香川県丸亀市にある総合文化会館に演劇を見にいったとき、配布されたパンフ類の中にそれはあった。テレビ東京の『開運!なんでも鑑定団』のお宝募集と観覧募集のチラシである。そう、あれ!日曜の昼にやってるやつ(後で知ったが日曜は再放送枠で、本放送は火曜夜)。亡き父が好きで必ず見ていた。「出張!なんでも鑑定団in丸亀」とある。おお、丸亀に来るのね。お宝の鑑定結果に一喜一憂する出場者を見ては、「丸亀に来んかのー」といつも言っていた父。え、どうしよう? 出すだけ出してみよっか。
というわけで、ダメ元で応募してみることに。なぜなら、我が家には、父が「お宝じゃ」と豪語していた掛け軸が、押し入れにごっそりあるからである。さっそく、応募用紙に記入する。そこには「お宝かどうかより、お宝にまつわるエピソードが面白い方が採用されやすいようですよ」なんて書いてある。ほほう、なるほど。で、このように。
お宝:橋本雅邦の掛け軸「秋山水鹿」
エピソード:亡父がずっと「これは本物」と言い続けていた品です。「雅邦の落款は鶴の血を使っているから濁っている。だから間違いない」そうです。父の祖父が、近江商人の十一代目で、明治中期から大阪で事業を営んでいて、三男(父の父)を丸亀市沖の“広島”(あのヒロシマとは別)に派遣して、石材採掘業に従事させました。晩年、ここで暮らすことになり、土産に持ってきたのがこれを含む美術品の数々でした。幅広く商売していたので、手に入る機会は多かったと推測されます。作品とともに、「橋本雅邦、3500万」(笑)とのメモも保管されていました。まあ大きく出たものですが、評価額は控えめに10分の1としておきます。この番組が大好きで、丸亀に来るのを心待ちにしていた父は、あえて付け加えますと、ホラ吹きでした(笑)。ちなみに私は、現在奇しくも、その十一代目を主人公にした小説を執筆中で、曽祖父が見てくれているに違いないと、応募しました。
と書いて、「お宝」の写真とともに送ったまま、特に期待もしないでいたら、年も押し詰まる頃、番組のディレクターが丸亀まで取材に来た。その結果、今年になって採用の知らせ。いやあ、盛り上がったのなんの。仲のいい友人たちに話すと、本物だったらみんなでクルーズ行こうだの温泉行こうだのと大騒ぎ(賞金くれるわけじゃないっつうの)。驚いたことに、話をした全員がこの番組を知っていた! それどころか毎週見ているファンも多いのだった。
2月に収録があった。こういう時はやっぱ着物でしょ、と、亡き母の友人に朝8時からご足労いただき、大島をバシッと着せてもらった。会場前には、もうすでに多くの人が並んでいる。面白がってついて来てくれた友人によると、事前に会場に入る私をみんながジロジロ見ていたらしい(和服姿だったので鑑定家の先生と思われたに違いない、と友人と分析)。
控え室では、ディレクターが今日の段取りを説明する。出場者は5人で私は4番目。彼の持っていた進行メモを盗み見すると、一人目はなんと、現在、丸亀在住でおそらくぶっちぎりナンバーワンの有名人、中野美奈子アナウンサーではないか! 彼女もお宝出してるの? ここにはいないけど……。ディレクターからは、中野さんは丸亀高校の後輩ですよね、いろいろやり取りしてくださいね、と言われて、ちょっと謎、のまま、会場に入る。
出場者は客席の最前列で出番を待つ。前説があって拍手の練習などしたあと、司会の原口あきまさ氏が紹介される。明石家さんまの真似で知られた人らしく、大きな歯をつけて真似をし、「あーこの人か」とまず観客に認知させてから、知らん間に収録は始まっている。
直前に中野さんが一列目の空いた席に滑り込み、「よろしくお願いしまーす」と、私たち出演者に向かって小声で挨拶。名前が呼ばれて、前の階段からステージへ。彼女のお宝はお祖母様の抹茶茶碗。景気よく評価額の3倍の値段がついた! いいなー、よーし私も、と期待で胸は高鳴る。鑑定が終わると彼女はそのままステージに残り、鑑定人の隣に座った。なるほど納得。ゲストでもあったというわけか。
私の両隣は同じ年恰好のおじさんだったが、かなり緊張しているのがみて取れる。左の方はメモを見ながら「ちゃんと話せるかのう」とぶつぶつ練習しているし、右の方は「緊張しませんか?」と私に声をかけながら、自らの緊張を何とかほぐそうとしているご様子(ところがこのお二人、舞台上では、堂々とすっとぼけた受け答えで、面白すぎる人たちだった)。2番目の出演者の「与謝蕪村の掛け軸」は贋作、との結果に終わり、むむ、では我が掛け軸は本物なのでは!!との期待がますます膨らんでくる私なのだった。
そんなところでついに名前が呼ばれる。「丸亀の人気小説家です」と紹介されたので、「いやいや、人気は余計です」と言うところから司会者との会話が始まり、かつて丸亀高校野球部の女子マネをやっていた経験を、こんな青春を送りたかったという妄想で書いた丸亀ご当地小説の話をして、ゲスト席の中野さんが、私も写真部で野球部の追っかけをしていまして、と絡む展開に(これだったのか……)。
それはともかく、いよいよお宝。橋本雅邦の掛け軸がジャーンと飾られる。
原口氏の軽妙な口調に乗せられて、私は応募用紙に書いた内容を、いやそれ以上のことを喋る、喋る。タンスから金が溢れるほど羽振りがよかった、という曽祖父・駒蔵の土産だからきっと本物、と自信の程を述べ、奥さんが二人いて、子供もわらわらいたその駒蔵さんの小説を今「note.com」にて配信してます、といつしか宣伝モードに。そして、3500万円のメモが残されていた話へと続く(このあたり、今思えば、ある結果に向かってひた走りだったのだなあ……)。
そして、この番組でお馴染みのボードを頭上に掲げる。「本人評価額350万円」に、会場からおお!の声(マジかよーの意?)。鑑定が始まり、やがてその鑑定家によって赤マジックで数字が訂正される。私はディレクターから裏向きのボードを受け取り、「オープン・ザ・プライス」のかけ声に合わせ、再びボードを高々と掲げる。
本物であってくれ。350万は無理でも、35万。
いや、3万5千円でもこの際……。
会場、「わ〜〜〜〜」。
下からボードを覗き見る。私の書いた「350万円」の文字は、太刀のような赤線でかき消され、新たに書き加えられた朱文字が目に、胸に、グサリと刺さる。
「い、いちまんえん……」
鑑定家による講評。橋本雅邦は、画家としてだけでなく、東京美術学校で横山大観などを育て、日本の近代美術の流れを作った巨匠。しかしこの絵には、統一感が感じられない。鹿、月の造形が雑、落款はなかなか精巧であるけれども「贋作です」。ついでに、鶴の血というのは聞いたことがありません。表装は綺麗な仕事をしています。お月見の時期にでもお宅に飾って楽しんでください。
思わず天を仰ぎ、駒蔵を罵った(ウソ)。もちろんがっかりだったけど、楽しんじゃったなあ。天国の父に、親孝行した気分だ。「こまぞう〜」と、天ならぬステージ上の照明に向かって呼びかけ、舞台を降りた。クルーズ船は遠くに去っていく。いい夢見させてもらったよ。
控室に戻ると、出場者みんなで健闘を称え合った。緊張しぃのおじさんはお二人とも見事、お宝だった!つまり、「掛け軸」組だけが贋作、という結果に終わったってわけ。
会場近くにあるお寺の讃岐寒桜が見頃だというので、帰りに寄ると、「さっき出とった人ですね。一緒に写真撮ってください」と観覧客に声をかけられ、写真に収まったのも愉快な思い出だ。お土産にもらったボードは仏壇に備え、ご先祖様に報告した。
1万円の贋作を3500万とは、やっぱりお父ちゃん、ホラ吹きやったなあ。(2024年2月17日収録・4月16日放送)
*次回からまた小説に戻ります。5月15日更新の予定です。