もっと笑わせてあげたかった
あなたがまだ小さかったとき、映画「ファインディング ニモ」を英語で、しかも字幕を隠して観てるって知ったときは驚いたよ。
「すごいなぁっ」て言ったら、エヘヘ、って笑ってくれて。
でも鼻にかけるとか、そんなんじゃなくて。
「ただ、楽しいことしてるだけなのに褒められちゃった」みたいな感じ。
かわいかった!
あれから、私はいつも自分のことばかりで忙しくしてしまっていて、英語の勉強もできていなくて、結局まだ身についていないよ。
あなたは、何か国語もはなせるようになっていったのにね。
忙しさにかまけていたせいで、
あなたが病気だとわかったときも、
何にもしてあげられることがなかった。
運命の負荷、に言葉もなく。
でも、良くなるように、と祈ってはいたんだ。
皆でね。
親戚一同、それだけでなく、あなたのことを大切に思う人はみんな、祈ってた。
だから、祈りが足りなかったとは、思えないし、絶対に言わない。
私以上にもっと深く、自分の命と引き換えにしたって
あなたを助けたいと思った人は、何人もいたのだから。
もっと、会いに行けたら良かったと今更思っても遅いけど。
せめて、今年近くまで行けた時に、もう少し粘ればよかったと後悔してる。あげたいのは笑える話だったのに。
お香典なんかじゃなかったのに。
人が亡くなるのに何才ならいい、なんて全然思えないけど、
20代は早すぎる、と思う。
でも、もう長いこと、病気と一緒に頑張ったもんね。
10代で病気をやっつけると決めたあなたは、十分に戦い抜いた。
会えなくても、あなたが頑張っていたことは聞いていたよ。
周りの人が、あなたに勇気をもらっていたお礼を、言わなくては。
あなたは、まわりのひとに、善良な心とか、心から祈る気持ちの強さとか、生きられることのありがたさとか、いろんなことを教えてくれました。
すごいなぁ。
ファイターだ。
スピリチュアルな才能をこんな時だけ欲しがるのは、いけないかな。
これから、何したい?
って、問いかけることが出来たら、なんて答えてくれるんだろう。