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掌編ファンタジー小説「異世界伝聞録」その18
“最も有名な芸術の名を知っているか?“
大迷宮を出てギルドに報告しに行った冒険者たちは、途中の平原で森林に入っていく獣道を見つけた。
彼らは特に気にもしなかったが、シドは少しだけ気になった。
馬が一頭、獣道に分け入っていく。
後ろを付いて行くシドに、馬は一度振り返ると、“そのままついてこい“という風に道を歩き始める。
迷宮からほど近い森林からの道は、だんだんと開けていき、その道則(みちのり)は長年の時を見るようだった。多様な動植物が入り乱れているようで、その道の歩き方は秩序立っている。
きっと人の身では忘れてしまった。この道は最初は地の分かれ目であったのだろう。
植物が生い茂り、森林となり。
何かを目指して生き物たちが分け入った、道となるもの。
いずれは人が踏み慣らし、確かなものになるだろう。
森林を辿る、その道を……。
シドは進んでいく。
ある場所に辿り着くと、其処は泉だった。
動植物が混在し、この地に生きるすべての命の源。
生命を繋ぐ要(かなめ)。
ここのような善き湖では、不必要な争いは起きない。
其処を訪れるものたちは。
ただ泉の水を求め。
ときに身体を清める。
周囲を注意深く見ると、泉には先程の馬だけではなく、さまざまな動物が立ち寄っていた。
「……知識の源泉に辿り着いたか。」
いつの間にか、先生が一緒に居た。
「泉の水を飲むか?」
確かに喉は乾いていた。
「……先生は?」
シドが隣に寄るエイドウィンに語りかける。
泉の水は澄んでいた。
「俺はここに来るのは初めてじゃないからな。そう訝しむなよ。妖(あやかし)の類と勘違いするな。」
湖面にはシドだけが写っていた。
「先生。ここは?」
シドが疑問を呈すると、エイドウィンが答える。
「まだ活きている泉さ。たぶん精霊もいるぞ。」
エイドウィンは泉の水を“さかずき“で掬った。
「ここでは火は使えないな。どれどれ……。」
先生は皮の水筒と金属性の漏斗と白い布とおたまを鞄から取り出した。
皮の水筒に漏斗を取り付け、そこに布を被せると、おたまで泉の水を入れていく。
「よし、帰るぞ。」
最後に鞄から何かの貝殻を取り出すと、先生はそれを泉に投げ入れ去っていく。
「でも、先生。今のは……?」
「“今“を知るのは、いつだって自分自身さ。教わってわかることもある。一度、孤独を知ったものは、他者と関わることで“時“の一つの在り方を知る。」
「?」
「精霊に挨拶しておけ。だが、目は合わせるなよ? 彼女はこの地の守護者の座にいる。気に入られたらことだぞ? さぁ、早く皆に合流しよう。」
夜明けの星空は、幻想的だった。
泉を離れる際には虹のアーチもかかっていた。
「酒場に着いたら酒を振る舞おう。お前ももう酒は飲める歳だろう?」
「はい、ありがとうございます!」
「いい返事だ。……あー、ファラを酔わせるなよ? 若いうちには失敗も重要だが。宴の席で幻滅するほど飲むのは、身体にも毒だからな。嗜む程度にしておけ。」
「あと…」と先生は付け加える。
「事前にお前の水筒に水を入れておけ。ザザーレンとヴァルカスとフェイミィとミュレアに絡まれたら、美味そうな酒のように一気に飲むといい。やつらは悔しがって酒場の主人に追加の酒を注文するだろう。」
僕はあはは、と笑った。
離れていく湖を背に、僕らのひとまずの冒険は酒場を帰路とした。
“大仕事が終わったあとは、夜明けに皆で宴を開くのも悪くない。“
そう先生は言って笑うのだった。
ーーー異世界伝聞録。
真実の泉と、ある師弟の解。
〜ある夜明けを過ぎて〜
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