ノンフィクション掌編「ヒトヨノ」2
#2 山道の記憶と神通力
僕がまだ幼い頃。夢か記憶の混線か、見たことのない山道の″大人の足元″だけを″子供くらいの視座″で、しばらく見るというヴィジョンを幻視することが多かった。
子供ながらに不思議に思っていると、確かに不思議なことに気がついた。
僕は元から体力が無く、子供の頃に山に向かった際は、決まって家族と手を繋いで上ぼっていた。
山の風景や自然物と触れ合うためにあっちこっちにちょろちょろ歩き、帰りは疲れ切って親の背中で眠ったものだ。
では、あの景色はなんなのか…。
20代に差し掛かろうという歳に僕がなったとき、居間で家族とテレビを見ていたら、胎内記憶の話を取り上げていた。何故かその時に、ふとあのビジョンが幻視されたのだ。
「ねぇ、お母さん。俺がお腹の中に居たときさ、山かなんか登ったりした?」
「あぁ、登ったねぇ確か。筑波山だったかな。」
確かに、僕の生誕の地から一番近しいのは筑波山だ。筑波山はハイカーも比較的多く、険しい男体山と、ハイカーに人気の登りやすい女体山がある。
妊婦が上るとしたら筑波山がベストだろう。
あとで「石岡の猿山だったかな…。」とも言っていた。猿山にはニホンザルの動物園があり、幼少期はよくおさるさんと遊んだ。
僕には姉と兄も居るのだが、彼らの写真が家にはたくさんある。猿山はおさるさんと写った写真が家にあったはずだ。
しかし、妊婦の母が姉と兄を連れた猿と戯れる写真はなかった。
母は母で、子供たちとの山や川での記憶がたくさんあるので勘違いしたのかもしれない。
僕の記憶と、母の記憶が一部一致したのである。
胎内記憶を調べている記事を書いていたnoterさんが居て、その話をしたところ、その記憶は胎内記憶だろうとのご指摘をいただいた。
ちなみに林間学校で筑波山に登ったときもあるが、その時はそもそもジャージ一式を着ていたのである。
………
神通力には六神通というものがあるらしい。
神さまや精霊や妖怪、修行をした神職の方やお坊さんも使えるのが神通力。
真偽は本人にしかわからないものだが、僕の周りにも″見える″タイプの体験談は数多くあった。
先程の胎内記憶もその一部と言えるだろう。
現に僕も視界の端を横切る、所謂まっくろくろすけや、幻視の類ならいくらでも体験した。
これらをちゃんと出来ることを″見鬼″というらしい。
古代邪馬台国の女王、卑弥呼さまも″鬼道″と呼ばれるシャーマニズム感覚の神通力を持っていたが故に女王になった、という話もある。
ちなみに歴代の天皇にも神通力が使える方たちが居たそうな。
日本人の中に神通力…いわゆるESP能力(超能力)を持つ人が居ても不思議ではないのである。
実はアンプサイと言って、動物にもESP能力や神通力を持つという考え方もある。
僕は鳥と共鳴しやすいのだが、この話はまた次回。