そばにいて
彼女と顔を合わせたのは、一体何か月ぶりだろうか。
春夏秋冬、いつの長期休暇の時であっただろうか。毎日が休暇であり仕事である私にはわからなくなってしまった。
私は国の南のほうに位置している、静かな町の海辺に住んでいる。そこでこまごまと職業作家をしながら暮らしている。会議はオンラインで済んでしまうし、原稿の提出もネットでできてしまうため、五年ほど前に土地を買ってログハウス風の小さな家を建てた。
彼女はというと、都心のIT系の会社に勤めている。仕事には、いつもパソコンを使っているようだ。どうやらシステム設計やプログラングなども簡単に成し遂げてしまうようだ。
そんな彼女が私のもとへ、今年の休みもやってきた。
細々と出版している小説で得たはした金で建てた小さい家のドアーを、彼女は開け、中に入った。そして、私ににこっと笑って、言った。
「おはよう、久しぶりね!」
「おはよう、久しぶり。」
私も同じように返す。
「じゃあ、さっそく海に行かせてもらおうかしら。」
彼女は、かなり積極的な態度をとった。
「おう、では早速行こうか」
私は彼女の積極性に気圧されながら、そう答えた。
真っ白い砂浜の上に、私はパラソルを立てた。
私は、麦藁帽にタンクトップ、短パンといった格好だ。
一方彼女はというと、すでに水着に着替え、浮き輪をもって海へ入っている。
彼女は、独りではしゃいでいる。
彼女は雪国の生まれであるが、意外と南国の海に似合っている。
雪の様に白い肌を蒼い海に溶かしながら、きゃあっきゃと遊んでいる様子を、私はゆっくりと眺めた。
彼女は一見すると寡黙で大人しいように見えるが、意外とはしゃぐ。
私は頭の中で過去を振り返った。都会で暮らした25年間のこと、それからこの町で暮らした5年間のこと。都会で暮らした日々は友人にも恵まれ、彼女とも出会えた。しかし何とも言えぬ重圧が常にのしかかっているような、非常に息苦しいところでもあった。人の数が多いからだろうか、こうであらねばならない、という指標がとても大きく顕在しているように思える。この町に来てからはそのようなことはない。一日の大半を一人で過ごすが、ある程度の友人とパートナーを手に入れた今は寂しいと思うことはない。
「ほら、こっち来なよ、私が遊んでいるんだぞ、そんな貴重な機会、逃していいのかい。」
彼女は笑いながら冗談交じりに言う。
「もうちょっと、休ませてくれ。」
私は言う。
「なーんだ、後で来なさいよ、約束。」
彼女は不満げな様子を見せず、むしろ晴れやかに答える。
あと五分ほどしたら行こう。そう決めた。最後にもう一度だけ彼女のことを考える。
遠くで泳いでいる彼女の横顔が遠く、対岸の浜辺を見つめている。そこには凛とした顔の中に儚さを含んでいる姿があった。
それを纏っている彼女の作る空気が好きで、一緒にいてほしいと思った。
私はこの世界で丈夫に生きてきたほうではない。むしろ打ちひしがれて、何とかはいつくばって生きてきた。そんな私を優しく包んでくれるオーラを発している彼女に、私は一生を添い遂げたいと強く思った。