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【小説】女子工生⑱《真白の過去(2)》

中学から高校へ

 家族会議の2日ほど後に 涼二(りょうじ)が
根岸姉に連絡が取れた。
妹の美香(みか)から多少話を聞いていた根岸姉は、すぐ、美香に繋ぎを付けてくれた。
その日の夜に、美香から涼二に電話がきた。

美香の話だと どうもクラス中から無視されているらしかった。
切っ掛けは大した事ではなかった様だが、真白を気に入らない数人から始まった無視は、クラス中に広がった様だ。
美香には、部活の時にポツリポツリと 話したみたいだ。
グループ分けの時は、先生がどこかに入れるみたいだけど、何も頼まれないし話し掛けない。
真白がそこにいない様に 事が、進んでいく。
美香は部活の時に、なるべく色んな話をしようとしてくれていたが、美香が1組、真白が5組で
教室の階も違う。
なかなか真白に絡めないと、気にしてくれていた。
夏に、3年生が引退した後 美香と真白のどちらかが、部長をやることになるのだが、真白を部長に推すつもりだと 美香は言った。
責任感の強い真白が、部長を任されたら それを理由に 学校に来られるだろうと言ってくれた。
美香は、自分は部活が主な時間になってしまうが、その時間は 真白をひとりにさせないと
言った。
友達を気遣う 中学生の優しい言葉に、不覚にも涙が出た。

「何かあったり、気付いたりしたら 涼二さんに連絡します。今日のこの番号でいいんですよね。」

と最後に言って、電話を切った。
正子にも 涼二経由で美香からの連絡が、何度か来た。
その中に

“先生もたぶん気付いてるけど、表立って何もないので、気付かないフリをしてるみたい。”

と情報が入った時、正子は学校に乗り込もうか思ったが、男達に止められて何とか我慢した。

それ以上悪くなる事もなく、勿論 良くなる事もなかった。
明るかった娘が、家でも作り笑いをする様になり、受験シーズンに入った。
進路をどうするか2人で話した時、正子は県外の高校でもいいと思っていた。
しかし真白は 兄達が通っていた工業高校へ行きたいと言い出した。

「県外の高校でもいいのよ。」

正子は言ったが、真白は静かに答えた。

「うん。ありがとう。でも兄ちゃん達の話を聞いてたら興味出てきたんだよね。」

「そう。真白がそうしたいのなら そうしましょう。」

 家族のなかでは 真白は工業高校を受験する方向で動いていた。
兄達は あの先生は面白いだの どの実習がデンジャラスだの真白に教えてくれていた。

三者面談の時、担任は地元の進学校を 強く勧めてきた。
はじめの内は やんわりと

「娘のやりたい様にさせたいので。」

などと言っていたのだが、真白の成績を諦めきれない先生もしつこかった。
いい加減 頭に来た正子は、椅子をガタンと鳴らして立ち上がった。
そして かなりの大声で、真白への無視と言う
いじめを黙認している事、その事で3年間行事へ参加できなかった事、何故、真白が好成績を保っていたのか。全部吐き出した。
怒鳴ったと言った方がいいか。
廊下にいた人にも 聞こえただろうが、構うものか。
真白を守ってくれなかった学校の言うことなど
聞くものか。
正子は両手で机を バン! と強く叩くと先生の顔に 自分の顔をぐいっと近づけた。

「先生は今まで通り、最後まで気付かないフリをしていて下さい。3年間、本人も家族も我慢して来たのに、今更騒がれても困りますから!この期におよんで これ以上波風立たせたくないんです。!真白の希望する高校はA工業。
それでお願いします。」

正子のあまりの剣幕に、先生は固まったまま、
身じろぎひとつできなかった。
廊下に出てきたところで、正子が真白に謝った。

「ごめん。お母さん、我慢できなかった。」

真白は 正子の腕に自分の腕を絡めた。

「ありがとう。全部知ってたんだね。心配掛けてごめん。」

「何であなたが謝るの。あなたは何も悪くないでしょう。それに親なんだから 子供の心配なんか、死ぬまでするものよ。」

正子は小さくウインクして フフッと笑った。
真白は 正子に腕を絡めたまま 頭を正子の肩に乗せた。

「でも今日はすっきりした。」

真白は体をくるりと回転させて、正子の顔を
正面から覗き込んだ。

「私が言いたかった事、お母さんがぜーんぶ言ってくれた。」

「そう?お母さんなんて、まだまだ言い足りないわ。」

「お母さん つよ。でもさ、お母さん。」

再び2人は横に並び 歩き出した。

「ん?」

「私さあ、中学の思い出って 部活以外はほとんど無かったけど、今日の事は確実に 私の中学時代の思い出になるね。“中学の3面でお母さんが先生にぶちギレた!”って。」

「あなたの中学時代の思い出を作れたのなら
お母さん、本望よ。」

2人は声を出して笑った。
真白は、本当に久しぶりに 自然な笑顔を見せてくれた。

その後、希望していた高校に 無事合格し、入学が決まった。
入学式の帰り、駐車場になっている校庭で 
真白を待っていると、少し顔を赤くした真白が
駆けてきた。

「お母さん!!」

「ど、どうしたの。何かあった?」

正子は警戒し、身構えた。
そのくらい強い口調の“お母さん”だった。
真白は 息を切らしながら、正子の両腕を掴んだ。

「今日、自転車で来ればよかった!」

「え、・・・何で・・・」

「同じクラスになった子に、お昼一緒にどうかって誘われた!その子達は自転車だったんだって。私、クラスの子に誘われたのなんか 初めてかも!」

「・・・で、断ったの?食べ終わった頃 迎えに行ってあげるのに。」

「ああ!そうか!テンパってて そこまで考えなかった。あーあー。」

正子は 本当に久しぶりに娘のハイテンションを見て可笑しくなった。
そうそう、この子は こういう子だった。
嬉しくて滲んだ涙を隠す様に、指でそっと目頭を拭った。

「これから始まるんだから、また誘って貰えたらいいわね。」

「うん!次があるといいなあ。」

頬を紅潮させ、嬉しそうな娘を見て、この学校を選んで良かったと思った。
ただ、後で聞いたところ、誘ってくれた子達が 男の子だと知り 少々複雑だったが、だんだんと明るくなって、以前の娘の姿を取り戻してくれた友人達に 会いたいと思っていた。
今日のクリスマス会は 正子も楽しみにしていた。
男の子も女の子も、礼儀正しくよい子達そうで安心した。
正子は 子供達の邪魔にならない様に、そっと
キッチンから出て、奥の和室へ移動した。

                 ⑲に続く




  



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