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【小説】女子工生⑯《徹と清文》

徹の葛藤、清文の苛立ち

 徹(てつ)は3時5分前に 清文(きよふみ)の家の前に来た。
広樹(ひろき)と、聡(さとし)が来ていて 清文と3人で喋っている。

「ごめん、待たせたかな。」

徹が自転車を停めて言った。

「いや、ヒロも聡もさっき来たとこだし、約束の5分前だ。勇介(ゆうすけ)もまだ来てない。」

清文が答えた。

「そう、よかった。ヒロ、今日は早いじゃないか。時々遅れることもあるのに。」

「さっき皆と別れた後、清文にラ○ンしてさ あのネックレスの事。妹さんにあげるって言ってくれたから 少し早めに来た。」

「ああ、あれ。」

「妹の“もも”、中学入ってから そういうの集めててさあ、要らないならと思って。でさ、
ヒロが買った値段で買うって言ってんのに、金は要らないって言っててさ。」

清文が珍しく 困り顔だ。

「だって、金なんて貰えねえよ。こっちも捨てるに捨てらんなくて 困ってたんだからさあ。貰ってくれればそれで・・・・。」

黙って成り行きを見ていた聡が ふいに広樹に聞いた。

「ヒロ、それいくらで買ったの?」

「税込み2000円。」

「じゃあ、半額の1000円で売れば?
清文だって、いくら妹さんにあげるにしても
友達が振られた品物なんて、バツが悪いしさ、1000円でも払えば“1000円で買った物”をあげられるじゃない?」

「いいのかなあ・・・・。」

困惑気味の広樹に 清文はキッパリと言った。

「1000円でも受け取ってくれないなら、それは貰えない。それだって半分なのに。」

「じゃあ1000円で。」

「はい。」

清文は、財布から1000円札を出して広樹に渡し
広樹はネックレスの箱を清文に渡した。
そこへ勇介がやって来た。

「ごめん。遅れた。あ、それ清文にあげたんだ。」

「うん。正確には、1000円で買って貰った。」

「良かったじゃん。清文、妹にあげるの?」

「ああ、“もも”、今は友達んちへ行ってるから
夜、帰ってきてからな。」

徹は 清文が箱をバッグにしまうのを待ってから言った。

「じゃあ全員揃ったし、行こうか。」

5人は自転車を漕ぎ出した。
5人が横1列で走るわけにはいかず、なんとなく 縦にダラダラと並んで走る。
広樹が先頭切って走りだし、1番後ろを 徹と
清文が並んで走っている。

「清文、真白んち知ってたっけ。」

「知らねえ。前、焼き肉連れてってもらった時も、俺んちの前で降ろしてもらって、真白んちまでは行ってねえから。」

「ここからなら、チャリで20分かからないよ。」

「徹達は 部活で遅くなる時とか 送ってるんだっけ。」

「うん。全員で行く時もあるし、そうじゃない時もあるけど、暗くなる時は 必ず誰かが家の前まで送ることにしてる。」

「やるじゃん。」

「この辺りから先って、田んぼとか山とかで
家もまばらになるから、危ないよなって事になってね。」

「ところでさあ、今日、真白にアレ、やるの?この前買ったやつ。」

清文は、イタズラっぽくニヤリと笑った。

「うん。あげようとは、思ってる。」

「何、歯切れ悪いな。どうした。」

「ヒロの話し聞いちゃったら、なんか・・・・上手く行けばいいけど、下手したら 今の関係まで壊れちゃうのかなって思ったらね・・。」

清文は、小さく溜め息を着いた。

「気持ちは分かるけどさあ、前にも言ったけど、あんまりモタモタしてると マジで誰かに持ってかれるぜ。」

「・・うん。」

「真白、学校でだってイイやつだし、成績もいいしさ、焼き肉ん時の私服なんか、普通に可愛かったじゃん。お前、部活も一緒で仲いいんだからさ。端から見てて 真白、お前を1番信頼してる様に見えるぜ。」

「そうかなあ・・・・。」

「テツ、お前もしかして真白から動いてくれるの待ってるわけ?」

「そう言う訳じゃ・・・・」

「それ、絶対無理だぞ。あいつ、いまだに友達との距離感測りかねて戸惑ってる事あるもん。恋愛感情入れて 自分から動くなんて無いぜ」

清文はイライラしてきた。
本人達が気付かないだけで、周りから見ていれば、真白が 徹の事を好きなのは丸わかりだ。
恋愛対象として、真白に好かれているのに、両想いなのにモタモタしている徹に だんだん腹が立ってきた。

「ま、ゆっくり様子見てる間に、誰かに取られて泣くハメになっても 俺は知らないからな」

そう言うと、清文は自転車のスピードを上げて
前を走る聡に並んだ。
徹は 清文の言うことを正論だと思う。
自分に意気地がないだけだ。
思い切って自分が行動すればいい。
それは 分かっている。
が、今日は ちょっと違うことに気付いた。
いや、少し前からか。
清文は 真白の事をよく見ている。
元々、リーダー気質で、周りの事をよく見ている方なのだが、真白の事は、徹が気付かない事まで、よく見ている気がする。
夏に、機械科のやつと揉めた時も、1番先に
気付いて駆け出したのも 清文だった。
自分は1歩出遅れた。
体が大きいので 迫力はあるが、むやみに怒鳴ったりする事もない。
あの時だけだった。
以前、『顔を上げると、真白を見ている徹が見える。』と、言っていたが、清文が真白を見ていると、視界に自分が入ったのではないか。
もしかして、清文も真白の事が、好きなんじゃないかと思った。
そう考え出すと、学校生活の中で、思い当たる事が、多すぎる。
徹は、頭の中が、ぐるぐるしてきた。

聡が横に並んだ清文をチラリと見た。

「言うじゃない。」

「テツのやつ、この期におよんで グズグズしてるからイラっときた。」

「ヒロの事で 自分も怖くなっちゃったんでしょ。」

「そりゃあ、分かってるけどさあ。」

「真白に好かれてるの 丸わかりで迷われたら、腹立つよね。」

「お前の その人を見透かした感じも、ちょっとイラっとする。」

「僕も同じ穴のむじなだもの。でも、あんまり大きい声で喋ってると、前の2人に聞こえちゃうよ。」

「お気遣いどうも。」

「どういたしまして。」

 真白の家が見えてきた。
周りは田んぼや畑が幾つもあり、裏手はぐるっと小高い山が迫っている。
庭の横の方に、家庭菜園と言うには大きすぎる畑がある。
季節の野菜を真白の父が作っていると、以前、聞いた事があった。
その畑の横を通って 庭まで自転車を乗り入れて、 玄関のチャイムを鳴らす。

「はーい。」

声がして、ガラガラと引戸が開いた。
真白がニコニコ立っている。

「いらっしゃい。」

先頭にいた広樹が 取り敢えず玄関前で話す。

「今日はよろしく。おお!真白がいつになく
可愛いぞ!自転車どこに置けばイイ?」

「どうもありがと。そのまま奥まで入ってもらって、そっちの端に停めてくれる?」

皆は揃って 自転車を庭の端に並べた。
ロボ研メンバーも、家の前の道路までは 時々
真白を送って来たことはあったが、庭まで入ったのは初めてだ。

「庭、広れえなあ。車、何台くらい停まる?」

清文が目をパチクリさせながら聞いた。

「出る事考えないで詰めれば、10台ぐらい停まるよ。大兄ちゃんの友達が来る時なんか、ぎゅうぎゅうに詰めるから、中古車やさんみたいになる。庭が。」

聡が 自転車のかごから荷物を取りながら振り向いた。

「え、個人の家で、車10台停められるって すごいね。」

「田舎だからだよ。この辺みんなこんな感じだよ。」

庭をぐるりと見回して、徹も感心している。
内心、さっきの清文の言葉が 色んな意味で
引っ掛かってはいたが、今は、気にしない事にした。

                 ⑰に続く




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