【小説】女子工生⑧《球技大会(2)》
球技大会(2)
真白(ましろ)は立ち止まって その男子を見た。
真白を揶揄した男子と一緒にいたもうひとりの 男子は、ぎょっとして2人を見ている。
「男の中で上手くやって これから皆に ご褒美でもあげるんですか~?」
わざと下品な言葉をぶつけている。
徹(てつ)と広樹(ひろき)、聡(さとし)、清文(きよふみ)は 真白とその男子生徒の関係を察して、真白の所へダッシュした。
徹達は、真白と男子生徒の間に割って入り、男子生徒をジロッと睨んだ。
しばらく沈黙が続いたが 男子生徒が口を開いた。
「何だよお前ら、関係ねえだろう。」
それは、徹達の勢いに 焦って思わず出た言葉だった。
中学の頃は、真白に味方はいなかった。
なので自分が睨まれて、焦ったのだ。
すると怒気を含んだ 低い声が廊下に響いた。
「俺らは真白と同じクラスだ。関係無いのは お前らの方だろう。」
清文だ。
バスケで鍛え上げられた 腹筋から発せられる声は、やたら迫力があった。
しかも、180センチ近い長身から見下ろされれば、その迫力は倍増だ。
明らかに狼狽えた男子生徒は 殊更、声を張り上げた。
「お前ら知らないだろうけどなあ、コイツ、中学の時から 男好きで有名だったんだぞ。男をたらし込んで 立ち回るのが上手いってな。」
「ふーん。」
清文が、視線を少し上に反らし、再び男子生徒を見据えた。
「お前、それ 見たことあるのか。」
「え?」
「真白が男をたらし込んでるトコ、見たことあるのかって聞いてんだよ。」
物凄い怒気を含んでいるのに、低く押さえた声は 不気味にさえ聞こえた。
もう、このやり取りは 清文に任せる事にして
後の3人は 真白をガードする事に徹した。
大勢でギャーギャー言うより、清文に任せた方が 効果がありそうだ。
「俺はねぇな。同クラになって暫く経つけど、真白が媚び売ったり、男をたらし込んでる所なんて見たことねぇな。女伊達らに 実習も この球技大会も、足引っ張らない様に 頑張ってる所は見てるけどな。」
「・・・・・・」
「女だから こっちも気を遣うことはあるけど 友達として、男女関係なく付き合える事は分かってる。お前は コイツの事、どれだけ分かってて今の物言いだ?あ?」
だんだん 清文の声が大きく荒くなる。
「中学ん時、真白に何があったか 俺らは知ってる。お前どうせ根拠のない噂を 面白がってばら蒔いてたんだろう。で?今日 俺らに負けた腹いせを、力の弱い女にぶつけようって考えか。」
男子生徒は、みるみる顔を 赤くした。
清文に言われたことが ほぼ、図星だったからだ。
気づくと、真白は 徹の後ろに隠れて 徹のシャツを強く握りしめている。
握られたところが 微(かす)かに震えている
様に感じられるのは気のせいか。
清文の怒号に 昇降口で様子を見ていた青木達も、バタバタと集まって来た。
通りかかった生徒達も、清文の剣幕に 足を止めて見ている。
青木達がそばに来て、
「どうした?」
と 聞くと、清文は周りに集まって来た他の生徒達に聞こえる様に大声で言った。
「こいつら 今日負けた腹いせに 真白に当たりやがった。」
いろんな事を上手く伏せて、端的に、的確な言い方だった。
周りの見物人からは
「はー?男らしくない奴らだな。」
とか
「何?それ。」
とか声があがった。
そんな中、デザイン科3年の襟章を着けた
少しハデめな女の先輩が
「チョーカッコ悪っ」
と、いい放った。
一緒にいたクラスメイトらしき やはりハデめな女生徒達が、
「ホントー。」
「マジ カッコわる~。」
などと言いながらクスクスと笑う。
すると、その後ろ辺りから背の高い 男子生徒が ぬっと出てきた。
ロボ研の小熊(こぐま)副部長だ。
「何騒いでいるかと思えば、久住(くずみ)達じゃないか。どうした。」
小熊はわざと清文と並んで 男子生徒達を見下ろした。
“どうした。”と聞いたが この騒ぎはほぼ最初から見ていた。
小熊は清文より、更に少し背が高い。
がたいも良いので、清文と並ぶと圧力が一気に上がる。
完全に 巻き込まれた感じになってしまった もうひとりの男子生徒が
「何やってんだよ。ヤバイよ。」
小声で囁いて 袖をつまんで引いた。
「俺の知ってる後輩に いちゃもんつけるなら、俺が聞いてやるぞ。ん?俺らのクラスも
こいつらに負けてるし、話は合うかも知れねえなあ。」
3年生は もう、圧が違う。
巻き込まれた生徒が バッと頭を下げた。
「すいません。コイツ イライラしてて、
ほら 謝れよ!」
悪態を付いていた男子生徒の頭を 無理やり
グイッと下げさせ、
「ホント すいませんでしたー!」
と言って 引きずる様に連れて行ってしまった。
「ごめん、出しゃばったかな。」
小熊が穏やかに言った。
清文も頭を下げた。
「いえ、有り難うございました。俺も 間に入ったはいいけど、どう治めようかと思ってたんで助かりました。同級生だから 食って掛かられたら収拾つかないし。」
「なら良かった。佐山(さやま)、いい友達持ってんな。大事にしろよ。」
真白はこくんと頷いた。
すると、さっきの派手な3年女子が、小熊の腕に、自分の腕を絡ませて言った。
「明(あきら)カッコいいー。ただの猫バカじゃないんだー。」
「何だよ猫バカって。」
「えー?明、猫バカじゃん。アタシの約束より猫優先する時あるじゃん。」
「あれは、たまたまだろ?」
「でもさ、さっきメッチャかっこ良かったから 帳消しにしてあげるー。」
「そら、どーも。」
いちゃラブな会話をしながら、スルリと手を絡ませ(俗に、恋人繋ぎと言うやつだ。)
「じゃあな。」
と、言って 昇降口の方へ消えていった。
見物人も、いつの間にか解散していて、そこには 徹達だけになっていた。
広樹が、ぼそりと呟く。
「あの人、副部長の彼女だったんだな。」
「うん。副部長のイメージと違う。」
聡が答える。
「あの いかつい副部長が、ニャンコラブなんて・・・」
広樹がいうと、
「うん。それもイメージが違う。どっちかって言うと、トラとか 熊だよね。」
聡がまた答える。
清文が口を挟んだ。
「そこ?いろいろ違うだろ、突っ込むところ。じゃなくて、真白、大丈夫か?」
と、徹の後ろを覗き込んだ。
「うん。ありがと。大丈夫。ゴメン、巻き込んだ。」
徹が真白に向き直った。
「謝るなよ、今のは完全に奴らがわるいだろ。」
「今の人、中学の時、一番私の事、いじって来た人で、私 あの人の顔見ると、ダメなんだ。すくんじゃって。前とは違うんだって思ってもだめで、高校来て、口きいたの今が初めてだったから、体、固まっちゃって・・・・何も言い返せなかった。」
早口で一気に喋る。
まだ 緊張しているのか。
中学時代、普段はシカト、たまに向けられるのは 悪意のある言葉やしせんだけの日々が思い出され、一瞬停止した思考は まだ上手く動き出さなかった。
「真白はあんな奴らと口きく必要ないよ。」
「そうだ、そうだ。あんな卑怯なヤツ、相手にすんな。」
青木達も口々に言った。
「うん。ありがとう。」
真白は今にも泣き出しそうな目をしていたが
それを必死に堪えていた。
「全く。あいつらのせいで 余計、はらへった。無駄な時間取らせやがって。真白、時間 大丈夫?」
広樹が真白に聞いた。
「うん。今日は少し遅くなるって 言ってある。」
「じゃ、すぐ食べられるマックにするか。」
「いいね!行こ行こ。」
「早く行こうぜ。じゃないと また、真白の お兄さんが心配して 迎えに来ちゃうぜ。」
「なに?それ。」
「あのね・・・・」
ワイワイ話しなから歩きだした。
徹は真白の背中を 軽くポンと叩いて、小さな声で聞いた。
「本当に大丈夫か?」
真白は小さく笑った。
「うん。大丈夫。皆が守ってくれたから。次からは 体、固まんないと思う。近くに味方してくれる人がいるって 凄い心強いね。」
「次、絡まれたら誰でもいいから 呼べよ。ひとりで相手すんなよ。」
「うん。ありがとう。ひとりで遭遇したら、取り敢えず 走って逃げる。」
「そうしろ そうしろ。」
徹と清文が 真白の後ろを カバーする様に歩きながら 目を合わせて笑った。
徹は真白がギュッと、握りしめていた 自分のシャツに 仄かな熱を感じながら歩いていた。
いつもより 心臓の鼓動が早い気がした。
⑨へ続く