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【小説】女子工生⑤《優しい男子達》

優しい男子達

 6時過ぎまで見学して、1年生4人は 先輩達より一足先に下校する事にした。
自転車置場に向かいながら 広樹が丸山に声をかけた。

「丸山君もロボ研だったんだね。あと電気科の津田君だっけ? 丸山君はもう会った?」

「まだ。昨日届け出して 月曜から顔出すって言ってた。でも 同クラの人が入部してくれて良かった。僕、最初からロボ研に入ろうって思ってたから 他はどんな人が入るかなーって」

徹が不思議そうに首をかしげた。

「ここのロボ研て そんなに有名だったっけ
俺、入学するまで知らなかったんだけど。」

「僕んちさ、3つ上に兄ちゃんいて、ここ卒業なんだよ。機械科の。で兄ちゃんの1年上と 2年上の電子に 兄弟で結構有名人がいたって。」

「へー、どんな?」

広樹が興味深そうに聞いた。

「お兄さんの方は とにかく頭良かったって。バスケ部の部長やって、バイトもやって、ずーっと成績1位。3年間、誰にも譲らず ジュニアマイスターも ゴールド取って卒業。
でも、大学行かず就職。
弟の方も、1番じゃなかったけど 成績はいつも上位。この人がロボ研ね。やっぱりバイトやって 生徒会やって ゴールド取得したって。この人は大学進学したって。」

「へー、すげえ兄弟だな。」

広樹がしきりに感心している。

「うん。2人して学校の有名人。兄ちゃんが良く話してたんで僕も ロボ研入ってみたいなあって。折角 工業高校だし。」

ジュニアマイスターというのは、高校生が工業関係等で指定されている 資格を取得すると、
それにポイントが付いている。
難しいもの程高いポイントが付いて来る。
そのポイントを加算していくと、一定のポイントごとにシルバーマイスターや、ゴールドマイスターを貰える。
さらに全国大会に 出場、出品したりして、入選や3位以内の成績を修めると 高いポイントが付き、条件が揃えばプラチナマイスターが貰えるらしい。
が、これは なかなかに難しいらしい。
ゴールドも取るのは大変だ。
部活も バイトも 生徒会もやりゴールドとは
かなりの根性の持ち主だ。

「どんな育ちをすればそう言う風になるんだろうねえ。」

徹は溜め息をつきながらいった。

「ディベートで普通高校に勝ったことあるらしいし。」

丸山が言うと、広樹がすかさず聞く。

「ディベートって?」

「英語で 1つのテーマについて賛成と反対に分かれて、議論する。論破できた方とか しっかり英語が使えていた方の勝ち。
うちの学校、ディベート部ないから有志5人ぐらい集めて、半年練習して 2つ勝ったって。工業高校が 進学校に勝ったって 当時ちょっとした話題だったらしいよ。
そもそも、ディベートの大会に工業高校、ほぼでないし。
で、その時ディベートに誘った先生が うちのクラスの佐々木先生。」

「ああ、そういえば佐々木先生 英語担当か。」

広樹が 今さら気付いた様に手をポンと叩く。

「そんな訳で、いろいろ楽しそうだから 工業選んで ロボ研なんだよ。」

丸山が言うと、徹がちょっと面白そうに突っ込んだ。

「そこは、自分の兄ちゃんに 憧れてとかじゃないんだ。」

「あー うちの兄ちゃんアホだもの。」

「そうなの?話の感じから 丸山君の兄弟みたいだったけど。」

広樹が意外そうに言った。
徹も頷きながら重ねる。

「俺も 丸山君の兄ちゃんなら すげえ頭良さそうって思った。」

「まあ、やってる事は似てるんだけど。
サッカー部で バイトやって。マイスターはシルバーも持って無いんじゃないかな?学校で
全員受けるやつしか 受けて無いし。乙四は
落ちてたし。」

乙四とは、《危険物取扱者 乙種 4類》の略だ。
消防試験研究センターが 行う国家資格の1つで これを持っていると ガソリン、灯油、軽油、重油、アルコールやベンゼン等を扱う仕事が出来る。
ガソリンスタンドでバイトするとき等、乙四を持っていると 時給が上がるらしい。
一般の合格率はここ数年、40%に満たないので
そう簡単な試験ではないが 工業高校では、学校で、放課後など補習授業を結構やってくれるので 頑張れば何とかなる。

「そんな・・・自分の兄ちゃんなのに・・・」

広樹が憐れむようにつぶやいた。

「2人の話を聞いて ここに来たいなって 思ったし、大学行くも行かないも、自分次第だなって。
高校生活、楽しんでも ちゃんとやる事やってれば どうにでもなるんだなってさ。
僕、進学校行かないと 大学行けないと思ってたから。
まあ 兄ちゃんから聞いた話でここに来る選択肢があったことに気付いたんだから ソコは感謝してる。
でも やっぱり僕の憧れは佐山兄弟。」

語尾にハートマークでも付きそうな言い様である。

「自分の兄ちゃんに憧れてやれよ。」

広樹が丸山の兄に 少し同情した時、ふと
徹が気付いた。

「その兄弟の名前、今 何て言った?」

「佐山兄弟。」

徹と広樹が 真白を見た。
徹が口を開く。

「真白、お前 お兄さんいたよな。」

「・・・うん・・・」

「2人いたよな。」

「・・・うん・・・」

「4才と5才上って言ってたよな。」

「・・・気付かなくて良かったのに・・・」

「えー!! やっぱりその有名人って 真白のお兄さん達?。」

真白が返事をする間もなく、丸山が食いついた。

「やっぱり!? 佐山って名字同じだなって
思ってたけど お兄さんなんだ!」

いつも落ち着いている丸山が、珍しく興奮している。
目がキラキラと輝いている。

「そうだけど 皆が言うほど すごい人じゃないよ。普通だよ。フツー。」

「今度会わせて!会いたい。お願い。」

丸山が拝む。まるでアイドルに会えるような 騒ぎである。

「2人とも 仕事してたり大学行ったりしてるから、機会があったらね。 あー こんなに早く ばれるとは思わなかった。3人ともあんまり兄貴達の事、言わないでね。あの人達、さっき丸山君が言ってたことの他にも いろいろバカやってて いろんな意味で 目立つてたから。あの2人の妹って まだ知らない人多いんだから。兄貴達は、兄貴達。私は私だから。」

「なんか騒いじゃってゴメンね。僕ちょっと
舞い上がっちゃって。」

丸山が 申し訳無さそうな顔をして、ペコリと頭を下げた。
さすがに学年1位の頭の良さだ。
こういう空気を読むのも早い。
空気を読むのに成績は関係ないか。
彼の性格か。

「ああ 怒ってないない。ただ、子供の頃から 比べられること多かったんで 過剰反応しちゃうだけ。他の学校行けば良かったんだけど、兄貴達の話聞いて、工業行きたいなって 思ったのも丸山君と同じだし、気持ちも解る。ゴメン。私も感じ悪かった。」

少し空気が重くなりかけた時、広樹が真白を覗き込んで言った。

「いつもは真白、いろんな話に よく口突っ込んで来るのに 今日は静かだなーと思ったらブラコンか!」

「ブラコンではない!!」

広樹がおちゃらけてくれたので、重くなりかけた空気が 一気にもとに戻った。
これも広樹の才能か。

「時々、佐々木先生とか 元担任の田中先生とかに会いに来てるみたいだから 来るときは教えるよ。」

「ありがとう。」

皆で自転車を押しながら、大通りの信号まできた。 

「んじゃあ 私、こっちだから。」

真白が押していた自転車に 足をかけた時、

「あ、僕の事も名前呼びにして欲しいな。
聡(さとし)とか。皆の事も テツ、ヒロ、
真白でいいかな?」

丸山が照れくさそうに言った。
3人揃って 右手で敬礼のポーズをとり、

「了解!」

と 言って笑った。
真白が手を振って 思い切り自転車を漕いで行った。
真白を見送って、徹がボソッと呟いた。

「俺もさあ、姉ちゃんが成績良くって 小さい時から よく比べられたんだ。
B高から国立大進学して 今年2年生。
俺は早々に勉強投げちゃって、ゆるーく中学時代すごしたけど 真白、K中で塾も行かず 6番取ってたって。
ちょっとイジメにもあってたみたいだし。
あ、これ本人には言うなって言われたんだけど、お前達は知っててあげて。
でも真白は 親や先生の期待に応えて、成績は落とさなかったって。やることやって気丈に過ごしてたみたい。
今、すごく楽なんだって。
楽しいのもあるんだろうけど、楽って言ったんだアイツ。
生活するのが楽、息をするのが楽って。
息するのも苦しい時があったんだよな、きっと。
あいつと知り合って、まだひと月足らずだけどイイヤツだってわかるんだよ。」

広樹が大きく頷いた。
徹が続ける。

「男とか女とか関係なく、あいつ、イイヤツなんだ。
楽になったんなら 楽しくしてやりたいなって ちょっと思う。・・・。なんか語っちゃった。」

「僕さあ 入試、結構自信あったんだ。」

聡が言い出した。

「塾も行ってたし、合格してオリエンテーションの後、事務所に点数聞きに行ったんだ。
その時、1位合格って知ったんだけど 心の中じゃ、“当然”って思ってたんだよね。
でも、事務のオバサンが『あら、2番の子と1点差だったのね。』ってポロっと言ったんだ。
あ、僕にじゃなくて奥に引っ込んでから 他の事務の人と話してるの聞こえちゃって。」

「ああ、あのオバサン、声 でかいもんな。」

広樹が苦笑いで言う。

「『女の子なのにねー』って聞こえてさあ。
420点越えてたし、工業なら断トツだと思ってたから ちょっとショックだったんだよね。
たぶん真白だったんだ。
すごい子だよね。」

「そういえば、」

徹が思い出した様に言った。

「入学式のホームルームで自己紹介したじゃん。
その時 佐々木先生が真白の事、知ってる風だったんだよな。」

「あ、俺も思った。
あれ?って思ったもん。
そのままスルーっと進んでっちゃったから 忘れてたけど。」

広樹が言うと 聡がわざと大きな声を出した。

「僕達は僕達で 楽しくやろうよ!」

「そうだよな、まだ始まったばっかりだ。」

「そうだ!そうだ!」

広樹が、同調してから続けた。

「腹減ったからたこ焼き食って帰ろうぜ。」

徹があきれる。

「お前、そんなに太ってないのに よく食うよな。
弁当もデカイし。」

「だって まだまだ成長期だもーん。」

3人は夕暮れの街を 笑いながら自転車を漕ぎ出した。


                 ⑥へ続く



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