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【小説】女子工生⑩《真白、モテ期到来?》

真白、モテ期到来?

 秋の体育祭は先輩たちの間で、“打倒、電子1年”と言う目標を掲げられていた様で、ほぼ、
コテンパンにやられた。
特に全クラスで行う騎馬戦では他のクラスより
明らかに狙われていて、秒で全滅した。

元々 文化部の多いクラスだ。
球技大会の時は、真白(ましろ)たちが4強に残っただけで、他の種目は だいたい一回戦で終わったのだから、警戒するようなクラスではない。
<ほぼ、コテンパン>と いうのは、何故か種目の中で、1番地味な長縄跳びが、他のクラスが多くても14、5回なのに86回跳んで、全クラスの中で 断トツの1位だった。

跳びながら全員が(何で誰も引っ掻かんねえんだよ!)と 心の中で叫びながら、それでも自分が引っ掛かるのが嫌で、何故か一生懸命跳んでしまっていた。
跳んでいる者も大変だが、縄を回す者はもっと大変だ。
ぐるぐると 全身を使って両手で回さなければ
40人近い人数は、跳ぶことができない。
縄を回しているのは、背が高いと言う理由で選ばれた清文(きよふみ)と、レスリング部の長島(ながしま)君だ。
みんなが跳んでいる間、ほとんど無酸素状態で頑張った。
87回目で誰かが引っ掛かり、直後 全員が尻餅をつき、または 地面に倒れて、しばらく動けなかった。
清文と長島君は 地面にぶっ倒れたまま、ぜーぜーと声も出ない。
心配した保健の先生が、声をかけに来たほどだ。
少しして、広樹(ひろき)が天を仰いで叫んだ。

「練習じゃあ、最高6回しか跳べてなかったのにーっ!」

誰かが言った。

「早く誰か引っ掛かれ~!って思いながら跳んでたよ俺。」

きっとクラス全員思っていただろう。
結局、活躍できたのは長縄跳びだけだったので、電子1年クラスは 入賞することもなく、
長縄跳び以外では、特に目立つこともなく体育祭は終了した。
真白(ましろ)は障害物競走に出た。
男子と混ざった競技だが、女子の方がスタート位置が10メートルほど前になっている。
6人で走って3位だった。
真白にとっては、小学校以来の体育祭だ。
個人で出た障害走も、1回戦で負けた綱引きも
あっという間に潰された騎馬戦も、全部全部
ものすごく楽しかった。
作戦会議と称して、昼の弁当は 校庭の端で
クラス全員で車座になって食べた。
賞状を貰える様な結果は残せなかったが、楽しい秋晴れの1日になった。
クラスの中には、中学時代は冷めていて 積極的に行事に参加しなかった者もいた。
徹(てつ)も、普通に行事には参加していたが、燃えていた訳ではない。
寧(むし)ろ羽目を外して騒いでいる者を見て、
“恥ずかしいやつ” と、横目で見ていた方だ。
クラスメイトの中でも、少しヤンチャな格好をいつもしている田中君が 弁当を食べながら、

「俺、体育祭とか運動会とか、こんなに楽しくやったの初めてかも。」

などと、顔に似合わず 無邪気な笑顔を振り撒いていた。
中学時代の真白の状況を、龍一(りゅういち)や
涼二(りょうじ)から聞いていた佐々木(ささき)先生は、新学期当初 少し心配していた。
しかし今は、クラスの生徒達を頼もしく見ている。
以前、機械科の男子と いざこざがあった事も
報告は受けていたが、生徒同士で治めたらしい。
この体育祭も、もちろん真白のためではないが、全員で“楽しくやろう。”と動いているのが
よくわかる。
年によって、うるさいクラスだったり、冷めたクラスだったりする事もあるのだが、今年の子供達は、楽しむ時は本気で、勉強もまあ、そこそこに頑張る 子供らしいクラスであるようだ。(もちろん、全力で勉強に取り組んでいる者もいる。)
球技大会の時もそうたったが、クラスメイトを
全力で応援する姿は、担任として誇らしくもあった。

体育祭も終了し、帰りのホームルームに、佐々木先生が スーパーの袋を2つぶら下げてやってきた。
それをドサドサと教卓の上に乗せて言った。

「今日はお疲れだったね。僕からみんなに
『頑張ったで賞』をあげましょう。種類があるから、てきとーに選んで。」

どうやら、購買でパックジュースを買って来たらしい。

「やったー。」

「佐々木先生やるー。」

みんな 口々に喜んでいる。
すると、聡(さとし)がみんなに言った。

「ここは、長島君と清文が、最初に選ぶべきだと思うけど、どう?」

「意義な~し。」

全員一致で2人が最初に取りに行った。
長島君はオレンジを 清文はコーヒーを取った。
続けてぞろぞろと取りに行き、真白はいちご牛乳をもらって席に戻って来た。

「飲む者は、ホームルーム中に飲んで。ごみはこの袋の中に入れとけなー。今飲まない者は、持ち帰れ。その辺にゴミ投げとくなよ。」

佐々木先生が言えば

「はーい。」

と お利口な返事があちこちから返ってくる。
複雑な年頃の子供達だ。
この素直さが 全てだとは思わないが、この素直さをずっと持っていて欲しいと思う。

徹と広樹、清文、真白が集まって ジュースを飲みながら雑談で盛り上がる。

「真白、どうよ、久しぶりの全力体育祭。」

清文が聞くと、真白が満面の笑顔で言った。

「面白かった。めっちゃ面白かった。清文も
大変だったねえ 長縄。」

「ホントだよ、腕、まだおかしい。練習で5、
6回だったから、楽勝だな俺ら。とか思ってたのに、なんだよ86回って。」

「私も。何で誰も引っ掻かんないのって思いながら跳んでた。」 

そこへ聡がやってきてポロっと言った。

「この後は乙4(おつよん)が待ってるね。」

広樹が頭を抱えて 机に突っ伏した。

「ああー 楽しい気分に水を注さないでくれー。」

「でもみんな、ちい兄の言ってたやり方で
勉強してるんでしょ。」

「うん。やってる。」

徹も答える。

「去年の分はだいたい大丈夫になった。あと
何回かやって 2年前のに移るつもり。」

「俺も次から2年前のに行こうと思ってる。
点数上がってくると やる気も出る。」

清文が言うと、広樹が項垂れた。

「俺は、もう少し去年のやらないと。だいぶ
正解率上がってきたけど まだもう少しって感じで。」

「焦らなくても まだ時間あるし、私ももう少しやろうと思ってるよ。焦って進めて取りこぼしてもだめだし。」

「だよな。」

「じゃあさ、乙4の試験が終わったら、クリスマスやらない?私の家の周り 田んぼばっかりだから、少しぐらい騒いでも近所迷惑とかないから。」

真白が言った。
徹がポンとてを叩いた。

「いいな。真白んちが迷惑じゃなければ、終業式の日は部活も早めに終わるし。」

「じゃあ決まり!お母さんに言っとく。細かいことは後で決めよう。勇介(ゆうすけ)とかにも声掛けるか。あと、咲良(さくら)と鈴音(すずね)も 誘っていいかな。あー俄然やる気が出てきた。がんばるぞー。」

そう言って真白は 残っていたいちご牛乳を
ジュジューっと飲み干した。

※※          ※※          ※※

12月上旬、乙4試験がやってきた。
皆、それぞれのペースで勉強を進め、挑んだ。

「どうだった?」

「とりあえず なんとか。」

「大丈夫だと思うけど。」

「結果が戻ってこないと こればっかりは
分からないよ。」

初めての大きな資格試験に皆、不安をかくせなかった。

「でもさ、」

真白が明るい声で言った。

「終わっちゃった事に 思い悩んでても仕方ない。私なんて、先週の期末試験と重なって
途中、頭の中ゴチャゴチャになったもん。
もう、解放して楽しいこと 考えるんだー。」

「俺 今までの中で1番勉強したかも。乙4も
期末も。」

広樹が満足そうに言うと、徹も同意見だった。

「俺も。定期テストも計画たててやったの初めてで、家で勉強してたら 母さんがいそいそ何回も様子見に来てさあ。夜食とか、おやつとか持ってくんの。有り難いけどこそばゆいかった。」

広樹も頷く。

「俺んちも 母ちゃん様子見に来てた。勉強中にココアなんて入れてもらったの、生まれて初めてかも。」

聡が呆れて言った。

「君達、今までどれだけ勉強しないで生きてきたの。」

「えー?俺、受験勉強すらろくにやらなかったもん。」

「俺もー。」

聡が やれやれと言う感じで 肩をすくめた。

「ねえねえ、ところでどうする?クリスマス。うちでやるんで いいのかなあ。みんな、遠くない?」

真白が身を乗り出した時、

「おーい、佐山、面会。」

教室の入り口で、クラスの青山君に呼ばれた。

「私?誰だろ。ちょっと行ってくるね。」

真白が席を立った。

「いってらー。」

皆は すぐに戻って来るだろうと、ひらひらと手を振る。
青山君がそのまま徹達のところへやって来た。
声のトーンを少し落として

「なあ、あれ 絶対告白だよ。」

と、言った。
徹、広樹、聡が驚いて顔を見合わせた。

「あいつ、機械科1組のやつなんだけど、球技大会の後辺りから 佐山の事 いいなーって言ってたんだよ。」

広樹が警戒した声を出した。

「機械科?真白に絡んだやつの仲間じゃないだろうな。」

「違う違う、俺と同中なんだけど、いいやつだよ。バスケ部だから、清文は知ってるんじゃないかな。おーい、清文!。」

少し離れたところで喋っている清文を呼んだ。
清文が、輪の中へ入る。

「何?」

「バスケ部の野崎ってそう悪いやつじゃないよな。」

「ああ、細かいところに気付くし、みんなをまとめる力もある。穏やかで優しいやつだよ。
たぶん次期部長候補。それが何?」

「たぶん、佐山に告ってる。今。」

「へーやるじゃん。」

言いながら チラリと徹を見た。
徹はなにも言わず廊下の方を見ている。
青山君が

「もうすぐクリスマスじゃん。いま、告って
カレ・カノんなって、2人でクリスマスやりたいんじゃないの?あー俺も彼女欲しい~。」

と言いながら行ってしまった。
清文も、聡も、広樹も真白が付き合うとすれば、徹だろうと思っていたので、この伏兵に驚いたが、真白がOKするとは思えなかった。

「どうする?真白戻ってきたら 聞いてみるか?」

広樹が言ったが

「うーん。」

皆、考えてしまった。
しばらくして真白が戻って来た。

「ごめんねー。で、クリスマスどうする?」

皆 黙って真白を見ている。

「? 何?」

聡が口を開いた。

「真白、顔 真っ赤。何言われたの?」

「え。嘘。赤い?あー、んー」

口ごもって両方の頬を、手のひらで押さえた。

「・・・・なんか、付き合って欲しい的な事を言われた。」

少し小さな声で言った。
聡はついでに聞いてみた。

「で?真白、なんて返事したの。OK?保留?」

「いやいや、悪いけど断った。だって私、野崎くんの下の名前も知らないし。」

「え、でも せっかくだしお試しで付き合ってみたらいいのに。野崎君って結構いい人みたいだよ。」

「え。お試しで付き合って、やっぱダメでした。な方が悪いじゃん。私はできれば、私が好きになった人と付き合いたいし、そもそも 付き合うとか よく分かんない。」

広樹がおちゃらけて言った。

「はぁー、真白はお子ちゃまだなあ。」

「なにおー?広樹だって彼女いないじゃん。おんなじだ!」

広樹がわざとふざけてくれたので何となく場が流れていった。
徹は終始黙っていたが、内心、心臓がバクバクしていた。
真白は ずっとこのままでいるものだと、どこかで思っていた。
居心地の良い友人として、1番近くにいるのだと。
でも、自分は知っている。
真白の良いところをたくさん。
強いところも、弱いところも、真面目なところも、そして、可愛いところも。
それを他の誰かが見付けて好きになっても、全然おかしくないのだ。
現に今だって 真白を見付けたヤツが、真白に告白した。
今回は真白が断ったが、相手が諦めずに、友達として付き合い、相手の事を知った上で もう一度告白されたら 真白は断るだろうか。
クラスの中の、真白の事をよく知っていて、真白も知っているヤツが告白したら?
徹は (嫌だ)と思った。
真白の1番近くにいるのは、自分でなくては嫌だと思ってしまった。
いつか合わせた事のある 手の柔らかさや小ささ、機械科の男と揉めたときに握られたシャツの感触を思い出した。
そして、ポロポロと涙を流す真白を見て、守りたいと強く思ったのだ。
聡が真白を、可愛いと言うたびに モヤモヤとした何かが湧いてきた。
何なのかは よく分からなかった。
いや、
分かっていたのに、分からないフリをしていた。
今、自覚した。
自分は真白の事が好きなんだと。
しかし、だからと言って どうしたらいいのか分からなかった。
こんなにもハッキリ、異性に対する好意を 自分の中に自覚したのは 初めてだった。
クリスマスの事で、楽しそうに騒いでいる真白を見て、徹は小さくため息をついた。

               ⑪ー(1)に続く


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