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【小説】女子工生⑥《レポートと友達(1)》

レポートと友達

 週が明けて、本格的に授業や部活が始まった。
国・英・数・理・社の普通5教科もあったが、工業基礎とか生産とか電子機械とかの専門教科も始まった。
とにかく1週間でやる科目が多かった。
専門教科は 初めて聞く単語が多く 取っ掛かりから挫けそうになったが、以前、真白(ましろ)が

「気合い入れれば 4、50分は集中できる。」

と、言っていたので、徹(てつ)は

「よし、集中するぞ。」

と、意識して集中して授業に臨んだ。
すると、先生の話が割りと理解できた。
ちゃんと(当たり前だが)教科書にリンクしているし 端から説明してくれている。
そうか。
今までは、授業が分からないのではなく、聞こうとしなかったのかと気付く。
で、更に気付いた。
ひとつわかると 次が知りたくなるのだ。
この感覚は不思議だった。
真白様々だ。
高校に入って初めて 勉強の仕方がわかった気がした。
ちらりと真白を見ると、真白も集中して授業を受けている。
(よし!)と気合いを入れ直した。

 実習も始まった。
シーケンス制御とかリレーシーケンスと呼ばれる物だ。
電磁石を使って 一定の動作を繰り返す回路を作るのだ。
説明を受けている時は、なんだかよく分からなかったが、電磁コイルと言って、コイルや鉄板を使って 電気を流す装置に銅線を繋げて回路を作っていくと、(ああ、なるほどな。)と、理解する事ができた。
もちろん学校では、学生向けのいちばん単純な物を作ったのだが、これを応用したのが 自動販売機やテレビ、家庭の電気のスイッチ、電子レンジなど、スイッチを押したりボタンで動かすほとんどの物が、シーケンス制御なのだと言う。
ゲームセンターのUFOキャッチャーなんかも そうらしい。
とにかく、身の回りにある 電気で動いたり 
写ったりするものほとんどが、このシステムなんだとか。

実際に作ってみると、文や単語で考えるよりも
すんなりと頭の中に入ってきた。
なんとなく理解してから 記号などを使って
図面を書いていくと、あら不思議。
自分で描書いたとは思えない 美しい図面が書き上がった。
これからどんどん 難しくなっていくのだろうが それさえも楽しみになってきた。

中学の時も電池と豆電球を使って、電気や電流の勉強をしたが、ちっとも分からなくて つまらなかった。
授業を受ける側の 気持ちひとつで、こんなにも違うものかと思うと、中学時代の先生達に謝りたい気分だ。

(ごめんなさい。)

心の中で謝っておく。
学生のうちに気付けてよかった。

ふと、真白の方を見ると、装置をひっくり返したりしながら 真剣に銅線を繋いでいる。
真剣すぎて 唇がタコの様になってしまっている事に本人は気付いていない。
徹は思わずプッと吹き出した。

「何? どうした?」

隣の席の広樹が 徹の方へと身を乗り出した。
徹は、真白の方を小さく指差した。

「あれ、あそこにタコがいる。」

広樹が真白を見た。
吹き出す寸前で 顔を真っ赤にしながら 口を押さえて肩を揺らしている。

「あれ、写メ撮って後で見せたら怒るかな。」

広樹が言ったが、音でばれる。
そもそも、校内でスマホをいじっていたら
没収される。
だが、実に見事なタコだった。
授業終わりに先生が言った。

「今日やったところ、レポート提出な。3枚以上5枚以内。今週中な。」

クラスメートの中には 『ゲー』とか
『はー?』とか言っているヤツもいたが、徹は
“レポート提出” と言う響きが高校生っぽくて
ニヤニヤしてしまった。

「何ニヤニヤしてるの?」

聡が声を掛けてきた。

「ん? レポート提出とかって、高校生になったーって気がしない? 中学の時は宿題、課題だったからさあ。」

「ああ、言い方ね。僕も中学入った時、宿題が課題に変わって ちょっと大人な感じがした。」

「そうそう、それそれ。」

「でも やる事は同じなんだよね。宿題も課題もレポートも、期限内にやる事はやって先生に提出。」

「まあね。何をどうまとめて どう書けばいいのかサッパリわからん。だいたい レポートってどう書くの。」

徹と聡が話していると 広樹が来た。

「今日、このまま部活いけるの?皆。」

「「うん。」」

「おーい真白、部活行くけど お前すぐ行けんの?」

教室で日向野や山口と しゃべっている真白に
広樹は声を掛けた。

「うん行ける。けどちょっと先に行ってて。 5分くらいで行くから。」

「了解。」

そう言って3人は教室を出た。

真白達は何の話をしているのか、キャッキャと盛り上がっている。
休み時間はよく女子3人で集まって何やら話している。
真白の、中学時代の話を聞いている身としては
女子同士で、うまくつるんでいる姿を見ると ちょっとホッとする。
さすがに女子3人で話している所に『何 話してんの?』などと 入っていく事はできないので、彼女達が 普段 何を話しているのかは、知らない。
・・・興味はあるが。

 部室で、徹 広樹 聡がレポートをどうするか、話していると、真白が小走りでやって来た。
いつもは 1年が集まっている所に すぐ来るのだが、今日は真っ先に部長の所へいった。

「大熊部長!」

キラキラした瞳で部長に駆け寄り

「・・・・なんですけど・・・・してもいいですか?」

途中が聞き取れないが、かなりの勢いで詰め寄っている。
そこへ電気科の津田勇介(つだゆうすけ)もやって来た。

「何、佐山さん部長に告白?」

3人は顔を見合わせて

「まさか!・・・なあ・・・・。」

と、部長と真白を見ている。
詰め寄る真白に 部長は苦笑いしながら

「あはは  わかったわかった。」

と 言って真白に顔を近づけた。

「でも・・・だから・・・・ダメだぞ。・・・それと他の・・・・・・。」

部長が真白に耳打ちする。

「本当ですか?やったぁ ありがとうございます!」

今にも部長に 飛びつきそうだ。
勇介が 聞こえなかった部分を補足しながら
2人の会話を予測した。

「おおー、告白OKか? そして、あんまり皆に言いふらしちゃダメだぞっていわれてる?」

「おおー!」

「マジか!」

「遂に 真白に春が来たか!」

などと好き勝手言っていると、真白がニッコニコしながら 4人の所へやって来た。
そして荷物をドサーっと置くと、

「ねえ!みんな ちょっときて!」

手招きした。

「なに?」

徹が聞くと、

「いいから来て。」

と 廊下へ皆を連れ出した。
今、ロボ研が使っている作業棟は、授業では使っていない。
数年前に新校舎が建てられ 空いたこの棟は
幾つかの文化部が 部室として使っている。
1階は手前の2部屋が メカニック部と、奥は
写真部。
2階は手前2部屋を ロボ研が使用しており、残りの奥の方は 使わない机や椅子、古い機械やロッカーなどが、無造作に置かれている。
廊下の中ほどにある 古いロッカーの前に 真白はみんなを連れて行った。
1年、2年、3年と、扉の隅の方に 小さく シールで記してある。

「あった。これだ。」

と呟いて 真白は1年と書かれたシールが貼ってあるロッカーを開けた。
中には たくさんの紙が入っている。
真白が ガサガサと何かを探している。

「あった。」

いくつかの紙の束を取り出した。
いちばん上のページに 
     “シーケンス制御レポート”
と、書かれ
     “電子科 ○○○○○”
と 電子科なのに 知らない名前があった。

「え?誰それ。誰のレポート?」

広樹が覗き込む。真白が取り出した紙の束は
今日 課題で出されたシーケンスのレポートだった。
それも4、5人分あったが、どの名前も見覚えがない。

「これね、歴代の先輩のレポートなんだって。ロボ研って何故か昔から 学年上位のひとが 入部する確率が高くて、特にレポートとか、 研究発表とか、A評価もらう人が多かったって。で、A評価取ったレポートは その科目ごとに、ここに置いてあるんだって。」

勇介が食いついた。

「え!電気科のもある?これから先のやつも 
全部あるの?じゃあ借りてって、丸写しすれば楽勝じゃん。」

「それね、ダメなんだって。」

「そうなの?」

「うん。さっき部長にも言われたけど、持ち出し厳禁だって。丸写しは後輩のためにならないから 絶対だめって。
部活の合間にみて、まとめ方とか よくわからない所だけを 参考にして自分のレポートは、自分でやるって言うのが鉄則らしいよ。
もちろん部活中に写すのもだめ。あくまで参考にするだけ。
もし、それを破ったら ここにあるレポートは
その日のうちに、焼却処分が、絶対のルールだって。」

「テスト用紙はないんだ。」

広樹がロッカーを覗きながら言った。

「うん。テスト勉強は 自分でしっかりやれって事みたい。」

徹がレポートを取り出した。

「でも、やり方がわかるだけで、すげえ助かる。どう手を付けたらいいか わからなかったもん 俺。真白、なんでこのレポートの事、知ってたの?来た時すでに知ってたっぽいよね。」

「さっき メールで 大(だい)兄ちゃんに“シーケンスのレポート出た。どう書いていいか わかんない。”って送ったら ちょうど3時休憩だったらしくて これが返って来た。」

と、スマホをみせた。

(作業棟、廊下 真ん中辺りのロッカーに学年書いたやつがあるだろ。)
(それに 歴代A評価のレポートがあるから、参考にしろ。)
(持ち出し、丸写し厳禁!それしたら 焼却処分するって決まりになってる。)
(絶対に黙って出すな。あと、俺らの1年上の 久保田先輩のレポート見てみ!あれは芸術だ。)

と、メールにしては、随分長い文章が送られて来ていた。
最後に

(教えてやった礼は 風呂上がりの 背中と腰のマッサージ、よろしく。)

と締め括られていた。

「へー、ロボ研って すごい部活だったんだ。」

勇介が感心している。

「あ、これだ。」

聡が “電子科 1年 久保田芳正” と書かれたレポートを 開いた。
とてもきれいな文字で、 真白達が今日までに
習ったことが 分かりやすくまとめてある。
ところどころに入っている図も、素晴らしい。
真白の兄が、芸術と言った意味もわかる。
みんなで眺めていると、部室から部長の声がした。

「おーい、その辺にして 作業初めて。レポートは休憩ん時だけ!」

「はーい。」

1年生5人は、慌ててレポートをロッカーにしまい、部室に戻った。

「さっきも佐山に言ったけど、あれ、他の人に言っちゃだめだからね。あんなのあるってばれたら、すぐ誰かが持ってっちゃう。それと、
出すときは 俺か小熊(こぐま)に 必ず許可取ること。」

大熊部長に念を押された。

 1年生はまだ たいした作業が出来ないので、大会等に関係ない物を作る。
今の2年は 部室のロッカーだったらしい。
3年はボロくなってしまつた作業台、その前は
掃除用具入れだったり、小さめの機械をしまう棚だったり、その年その年で何かひとつ、作るのだ。
今年は靴箱だ。
教室と、作業棟が渡り廊下で繋がっているのだが、外履きの靴を持って来ないと、部活が終わる頃には 渡り廊下の扉の鍵が 閉められてしまう事があるのだ。
なので 昇降口から持ってきた靴を、部活用の靴箱に入れるのだが、今あるものは全体が ガタガタして ところどころ棚の板が外れている。
1年生みんなで 設計し、材料を切断し、溶接したり ネジ穴を開けて、ネジで止めたりして作る。
作っているうちに 作業に慣れて、出きることが少しずつ増えていく。

本当は、ひとつづつ 個別の扉を付けたかったが、蝶番(ちょうつがい)の数が そんなに在庫がないと言うことで、横長で 一段に5人分ぐらい入る 4段の物を作ることになった。
先日からその作業をしているが、まだ 設計図もOKがでない。
単純な形の物だが 不慣れな人間が作ろうと思えばこんなものだ。
設計図もままならない。
聡が返された設計図を見ながら言った。

「ねえ、これ もう一段増やさない?」

「なんで?」

みんなが聡を見る。

「一番下だけ扉付けてさあ、さっきのレポート達を入れる場所 作るのはどうかなって。今、古いロッカーに入ってるでしょ。ある日突然処分されちゃう可能性もある。でも 靴箱に入れるところ作っておけば ロボ研の所有物だから、黙って突然捨てられたりしないんじゃないかなあ。」

広樹が立ち上がった。

「いいね!一段分ぐらいなら蝶番(ちょうつがい)もあるだろ。ちょっと部長と話してみる。」

そう言って、部長の所へ駆けて行った。
無事部長の許可が下り、また、5人は頭を突き合わせて 相談を始めた。

               ⑥ー(2)に続く


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