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【シリアス】セカンド・ライフ

この記事はオーディオドラマシアター SHINE de SHOWに再掲されています。今後はそちらのアカウントにてご覧ください。

うっかりコントばかり配信してしまいましたが、
SHINE de SHOWは、笑いばかりを追い求める音声劇団ではありません。
今回は雰囲気を一変し、ずっしり心に響く“朗読劇”をお届けします。

永い眠りから目覚めた男は、自分の新たな運命を知ることになる──

死から蘇った孤独な男、佐竹。
新たに始まる“第二の人生”に、不安と希望のはざまで揺れる佐竹は、
やがて抗いようのない真実を目の当たりにすることに…。

運命とは?生きるとは?
さまざまな疑問をあなたに突きつける、近未来SF短編朗読劇。
この衝撃にあなたは耐えることができるでしょうか?

*by プロデューサー 田中見希子

*************
▶ジャンル:シリアス

▶出演
・佐竹:山本憲司(東北新社/OND°)
・博士:岡田陽子(東北新社)
・美幸:原田有紀(東北新社)

▶スタッフ
・作・演出:山本憲司(東北新社/OND°)
・プロデュース:田中見希子(東北新社)
・収録協力:映像テクノアカデミア


『セカンド・ライフ』シナリオ

登場人物
 佐竹
 博士
 美幸

佐竹M「ふいに俺は目覚めた。朝、ベッドの中で目覚めたという感覚とは違う。麻酔が切れて意識が戻るようなものとも違う。ふいに、という言い方以外にこの感覚を表現する言葉が見つからない。目を覚ましたのではなく、意識が覚めたのだ」
佐竹「聞こえますか? 佐竹さん」
博士「ええ、聞こえてます」
佐竹M「しっかりと俺は答えた、つもりだった。しかし、俺は声を出していなかった」
博士「わたしはヴォルコワ博士です。どうぞよろしく」
佐竹M「博士は俺の意識に話しかけ、俺も意識で答えただけだ。ヴォルコワ? ロシア人? 純粋な日本人の俺はロシア語など話せない。でもこうして会話している。不思議な感覚だ。そうか。ここはロシアか……。俺は一度死に、ロシアで冷凍保存されたのだ。少しずつ記憶が蘇ってきた。今は何年だろうか。こうして目覚めたということは、ついに冷凍保存から蘇ることが技術的にも法的にも可能になったということだ。突然わくわくが体中に湧き上がってきた。そうだ。俺は新しい人生を始められるのだ!」
博士「そうです。新しい人生の始まりですよ」
佐竹M「言葉にしてないのに、俺の意識が読まれている。俺の意識は筒抜けなのか」
博士「意識は回復しましたが、あなたはまだ体を動かしたり言葉を使ったりして話すことはできません。しかしあなたの脳内の考えはすべてモニターできていますからご安心ください」
佐竹M「すべてモニターされるのもそれはそれで恥ずかしい気もするが、博士は俺の質問に丁寧に答えてくれた。今は2042年だという。俺が死んだのはたしか2010年9月。三十二年か……。復活はもっとずっと未来だと思っていた。想像を遥かに超える速さで医療は進歩したようだ」
   ×     ×     ×
佐竹M「膵臓がんが進行していると宣告されたのは、死ぬちょうど一年前。がんの宣告はまだまだ死の宣告といってもおかしくない時代だった。今やがんは、水虫程度の病気らしい」
佐竹「それで、私は今どういう状態なんです?」
佐竹M「少々怖かったが単刀直入に聞いてみた」
博士「遺言通り、あなたの頭部は保存され、すでに新しい体に移植をすませて回復を待っている状態です」
佐竹M「死ぬ前の自分の遺言をあらためて確認するのも不思議な気分だ」
佐竹「俺はどんな体に収まってるんですか? いつ動けるようになるんでしょうか。普通の人間のように活動できるようになるんですか?」
佐竹M「矢継ぎ早に質問をぶつける俺に、博士はすらすらと答えていく」
博士「あなたの脳を移植した体は、ご希望通り、二十代の若い方です。ただし、プライバシー上、提供者を教えることはできません」
佐竹M「博士によれば、俺の時代の保存技術は未発達だったため、俺の脳は少々損傷していたらしい。その復元に手間取ったが、あとは時間が解決するという。理屈はよくわからなかったが、脳が体を認識していくのに少し時間を要するようだ。二十代の終わりに広告代理店を辞めて作った俺のイベント会社は今どうなっているだろうか。三十年ほどならまだあるかもしれない。おそらく妻が引き継いでいるはずだ。俺が生まれ変わったと知ったら驚くだろう。そう考えると心は弾んだが、今はまだ体がまったく動かない。耐えるしかない」
   ×     ×     ×
佐竹M「一週間ほどたって、俺はどこかに移動しているのを振動で感じた。そして外気に触れ、血管がキュッと引き締まるのを感じた。体はまだ動かせなくとも、感覚は少しずつ戻ってきていて、博士はリハビリを促すため外的な刺激を与えたいという。手のひらがヒヤッとした優しい感覚に包まれた。それが何か、しばらく俺は考えた」
佐竹「雪だ!」
博士「そうです。あいにくロシアの雪ですけどね」
佐竹M「博士のジョークには笑えなかったが、皮膚に染み入る雪の感触に俺の心は踊った」
博士「今年の初雪ですよ。雪が降り積もる頃にはきっとあなたは回復しているでしょう」
佐竹M「雪。この懐かしい感触……いや、ちょっと待て。沖縄生まれの俺にそのような気持ちが沸き起るのが不思議だった。北国育ちの妻がいつか言っていたのを思い出した」
美幸「雪は心を躍らせるわね」
佐竹M「その時はピンと来なかったが、今はなんとなくわかる気がする。といっても、今は妻に対してどんな想いも持っていない。
妻、美幸の父親の援助を得て自分の会社を持ってから、妻は変わった。会社が自分の持ち物であるかのように振る舞い、何かといえば父が父がという美幸の言葉に俺はだんだん耐えられなくなっていた。リーマンショックとやらのおかげで業績が思わしくなかった時、義父に会社の苦境を説明し軽く叱責された時の、美幸の俺を見下すような目。あの目を決して忘れることができない。いつしか俺は美幸を遠ざけるようになり、会社設立の時に一緒に連れてきた佳乃と過ごすようになっていた。俺を看取ったのも佳乃だ。佳乃に会いたい。素直にそう思った。しかしあれから三十年以上の時間がたっている。とすると五十代半ばだ。二十代の人間になった俺を、佳乃はどんな目で見るだろうか」
   ×     ×     ×
佐竹M「ヴォルコワ博士の適切な処置の甲斐もあり、俺はとうとう自分の口でものを食べることができるようになった。何の味だからわからない流動食だったが、自分の口でものを食べるというのは本当の意味で生きていることを実感させてくれた。ただ、目はまだうまく光を捉えることができず、耳もモゴモゴとした音の塊はなんとか捉えるものの、聞こえるというにはほど遠いものだった。体も動かすことは難しかった。
そんなある時、初めて来客があった。その客は、俺の手を握ったまま、じっとしていた。俺の“あなたは誰ですか?”という意識の問いかけにも答えてはくれない。
永遠に時間が過ぎようかというとき、手の甲に何かが落ちた。一瞬でそれが涙だとわかった。その客は俺の手を引き寄せ、自分の頬に当てたようだった。普段の博士とのやりとりでは感じたことのない手のぬくもりだ。
客が帰ったあと、俺は博士に客の名前を聞いたが、博士は本人の希望で教えるわけにはいかないと答えるのみだった。
博士は、俺が感じた違和感をこちらが尋ねる前に説明してくれた。博士は人間ではなく、AIだった。診察の時に体温を感じられないのはそういうわけだったのかと納得した。
急に俺は気楽になった。機械に対してなら何も恥ずかしさはない。毎日博士が診察に来るたびに、俺は生前の思い出を話して聞かせた。適当に反応してくれるのが機械だと知っていても、俺には話し相手が必要だったのだ。そうしなければ自由にならないがんじがらめの体を持て余し、頭がおかしくなりそうだった。
博士によれば、何でも話すようになってから俺の回復スピードは飛躍的に向上したらしい。ニューロンがどうとかいくらでも説明してくれるが、細かい科学的な説明を受けているうちにいつも俺は眠くなってしまう。
夢の中で、俺は自分の裸の背中を見ていた。前に回り込むと、俺は佳乃を抱いていた。裸の俺が振り返ると、見ていた俺は、キャッと叫んで飛び退いた。……キャッ?
──目を覚ますと、夜中だった。夜中……いつもの闇ではなく、そこは薄暗い病室の空間だった。俺は目を開け、部屋を見ている」
佐竹「見えてる!」
佐竹M「口に出してみた。最初はパンクしたタイヤから空気が漏れ出すような音だったが、次第にはっきりした声になった。しかし、それは……」
佐竹「見えてる! 見えてる! 見えてる!(次第に美幸の声に)」
佐竹M「女の声? 俺は混乱した。病室のドアが開き、金属製の何かが入ってきた。昔自動車工場見学で見たことのあるようなグネグネしたアームだ」
博士「どうしました?」
佐竹M「それは博士だった」
美幸「俺は、俺はどうして……」
佐竹M「博士は観念して説明してくれた」
博士「佐竹さんが亡くなった翌年、日本で大きな地震があって、奥さんの美幸さんも亡くなられたのです。脳死ではありましたが、体はきれいに残っていました。そのため、美幸さんの遺言に則って冷凍保存し、佐竹さんの脳を移植しました」
美幸「遺言? 美幸の体を?」
佐竹M「まったく意味がわからなかった。アームが俺の半身を起こし、全面ガラス張りの窓に姿を映した。そこにいたのは、紛れもなく美幸だった」
美幸「うそだーっ! 美幸! これはお前の復讐なのか!」
佐竹M「俺は叫んだ。声が枯れるまで叫びながら、頬に当てた手のぬくもりの主を思い出した。あれはきっと佳乃だったのだろう。なんという新たな人生だ。俺はなぜか笑いが止まらなくなった。
窓の外の猛吹雪が俺の笑い声をかき消していく」
                              〈終〉

シナリオの著作権は、山本憲司に帰属します。
無許可での転載・複製・改変等の行為は固く禁じます。
このシナリオを使用しての音声・映像作品の制作はご自由にどうぞ。
ただし、以下のクレジットを表記してください。(作品内、もしくは詳細欄など)
【脚本:山本憲司】
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*番組紹介*
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