博士号を取得後に民間就職して10年
はじめに
OB訪問などで学生さんから話を聞くと、博士号を取得して民間就職する人の進路や活動があまり知られていないと感じたため、博士過程修了後に民間就職して10年経過した記念に筆者の経験や思い出を語ろうと思います。若者の参考になれば幸いです。
博士過程の思い出
博士課程に進学する学生は一定数居るが、進学者全員が最終的に学位を取得する訳ではない。現に筆者が所属していた研究科では50人弱の人間が2年間で修士を修了し、18人が博士課程に進学したと記憶している。
下記のデータと比べると、博士課程の進学率としてはかなり高い部類だったようだ。
(科学技術・学術政策研究所より引用)
そんな高い進学率のメンツであっても、3年間で博士課程を修了出来た者は8人であり、残った10人も後に学位を取得した者、退学して別の進路を選択した者、行方不明者等様々な進路を取る事になった。
修士課程では、理系科目が好きで実験が苦にならない人間であれば、周りに同じ境遇の人間が多く居るうえ、理系学生は修士まで取るのが一般的という社会の認識から、ある程度は肯定されながら学位が取得出来る。
一方、博士課程では、修士時代よりも踏み込んだ実験内容や論文執筆が課される事に加え、修士課程の際には肯定的だった周囲の人間からも博士課程で研究を続けている事について否定的な意見や考えが示される事が多くなるのも精神的負担に繋がるように感じた。
上記の様な状況を受け入れたとしても、テーマ選びや実験を適切に行えなければ3年間での学位取得は困難である。また、何らかの方法で学費や生活費を工面できなければ、そこでドロップアウト、という事も良くある事だ。
博士課程では進路変更を行う同期が多過ぎたため、転職会社に勤める友人にその旨を愚痴ると、
「若い時は仕事を決める時の分解能が低いので進路選びで後悔する人が多い印象を持つ。
『ラーメンは好き?』かと聞くと、大部分の人が好きだと答えるだろうが、その人達は進路選びの時にラーメン屋を開業したいとは微塵も思わないだろう。ラーメン屋の情報を集めて人に教えてるのが好きな人ならラーメン雑誌の編集とかになるべきだし、自分の作ったラーメンで人を喜ばせたいならラーメン屋になるべきだろう。
ある分野に興味があって得意だった場合でも、その分野への関わり方は多様なので、その点を上手く分析して自分の進路や仕事を選ぶべきだよね。」
という話をしてもらい、えらく感銘を受けた。
この話を基準に考えると、
“理系科目が得意で他人が書いた教科書や論文を読んで世の中の知見を得る事が好きなタイプ”
と
“理系科目が得意で自分の人生を賭けて教科書や論文の1行を書くタイプ”
は似ているようで大きく異なるので、この点を誤って博士課程に進学すると途中でそのギャップに苦しむのだと思う。
と、博士課程中に筆者が思ったことをつらつら書いてみたが、
“博士号は足の裏の米粒。取っても食えないが、取らないと気持ち悪い。”
という格言がある通り、取らないと後々公開すると思って進学したので3年で取得出来たのは非常に運が良かった。
専門分野の研究以外に力を入れた事
博士課程進学を決めてから粛々と実験をしていたら、学会で表彰される事も何度かあった。しかしながら、データが揃っていない学会でも表彰される事もあれば、更なるデータを蓄積して、発表の仕方もこなれてきているにも関わらず表彰されない学会もあった。実験の方針が悪くなったというのも一つの分析だろうが、表彰された時期は私の研究テーマが非常にホットになっていた時期なのでその加点も大いに影響している様に感じた。
そうすると、研究内容を世の中で評価される方向性に寄せて行くのも選択肢の一つだが、それ以外にも何か力を入れようと考え、議論中に適切な質問が出来るように努めてみた。この活動を個人的に推し進めはじめて1年ほどで同僚の研究報告に対してや論文の輪読会でもまともな質問が行えるようになり、お互いの研究や知見が更に深まったと感じた。
就職してみて
前述の友人からのアドバイスを元にした分析から、私自身も“教科書の1行を書くタイプ”とは思えなかったため、研究職以外の職種で民間会社に就職する事にした。
1年目は大学と会社とのギャップに苦労する事になった。
特に苦労したのは話し方で、大学では周囲に専門分野に明るい人しかおらず、言葉足らずでも意図を汲んでもらえたり、補足してもらえる事が多かったが、会社では説明を端折りすぎると相手に伝わらない。この点は数か月~年単位で意識して修正した点で、ギャップを埋めるのにもっとも苦労した点だと思っている。
この修正には下記の本が参考になったので、博士課程の学生のみならず社会人にも強く勧める。
また、博士課程は研究室にかなりの時間滞在していたので自由になる時間が少なかったが、新卒1年目は定時で帰宅出来るのため、生活を回すのが滅茶苦茶楽になった。帰宅後に勉強をしたり、本を読んでもまだ21時!みたいのはいつぶりの感覚だっただろうか。
2年目以降の仕事は特定を避けるためにまとめて記載するが、対外的に誇れそうなものは
■論文5報
■特許出願(外国含む)1件
■国の制度作り3件
■社内表彰3回
■社外講演会2回
研究職ではない職種にしてはある程度の分量になっているのではないだろうか。
上記の様に仕事上では社内外問わず協働する事が多いが、博士課程で得られた能力で重宝しているのは、
■先行研究の把握(調べ学習)
■(本やネットでの)検索能力
■議論時の落としどころの模索
■議論中の質問
■まとめ方
の辺りで、そこを評価されて仕事を貰ってきた事も多々あった。
たまに「学士卒で5年間長く働いた場合や修士卒で3年間長く働いた場合にどうなっていただろうか。」と考える事はあるが、自分の周囲の会社員を見ていると就職後のごく初期(1-2年目)で会社員として生きるための素養や能力が一気に伸びたうえで、後年は自分に合わせた能力を緩やかに伸ばしていく人が多いと感じる。
自分自身も大筋でその様な流れになっただろうと思うと、就職するのを5年遅らせて上記の能力向上のための経験や学会発表など簡単には経験しにくい経験を積めたのは良かったと感じる。過去の仕事ではその様な経験から抜擢された事も多かったので、就職して10年の現段階では、博士進学して博士号を取得して良かったと結論付けている(貯金は5年分少ない)。
最後に
研究中は得意な分野(自然科学や人文科学)を元に理論を組み立てる事を学んでいたが、その対象物が変わったとしても学んだ素地は無駄にはならないと感じる。
この記事を読んで博士課程に進学しても、しなくても、はたまた在学中の方が博士課程を辞めてしまっても良いと思うが、自分が選択した進路の道程で得られた知見をその後の人生で活かそうと足掻く事が人生を楽しむコツではないだろうか。
おまけ
本記事をアップ前に博士の友人達にも読ませて感想をもらったところ、民間就職をした人の進路やその後を書いたらどうかと言われたので、筆者が学生の間に聞きかじった進路や社会人になってから民間で知り合った中で博士号を活かしていた人たちの職業を列挙する(本来は博士号の活かし方や進路も含めて当人たちが模索して自信を持って挑戦してみるべきだとは思うが)。
■プログラマ
■SE
■弁護士
■弁理士
■科学雑誌編集者
■医薬品名称提案(各国で共通して使える名称には価値がある)
■医者
■技術営業
■企業研究職
■会社経営
■技術移転
■特許庁審査官
今思い出せただけでもこれだけ博士号を活かせる業界はある。良くも悪くも、博士号を取ろうと思う人間や取った人間は普通の生き方は無理だと感じるので、面白おかしく過ごして欲しいものである。読者の皆さんも何かお勧めの進路があれば筆者に教えていただきたく。
上の職業の中には合格まで時間のかかる資格もあると感じるかと思うが、博士号を取得するためには大学、修士、博士までの全授業+研究時間を合わせた時間を費やさないと取得出来ないわけで、その数万時間を考慮したら数千時間~の追加は誤差なのでコスパは良いはず。
※もちろん、大学や公的な研究機関のポジションを獲得できるなら更なる発展もあります。筆者の同期修了者7人の内、2名は名だたる学会誌に投稿を載せまくり、現在では研究室を主宰しながら世界トップレベルの研究を行っています。その一方で海外で研究を続けているにも関わらず、10年間ファーストの論文0で廃人やゴミ扱いされている人もいます。10年間経っての評価の振れ幅がデカすぎる!!
そんな博士号ですので取得を選ぶも自由、活かすも自由、好きな進路を選んだらいいと思います。
博士課程に在学している事を示していただければ、いくらでもご相談には応じますので興味がある方はお問い合わせください。
以上。