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未亡人日記58●エクサンプロヴァンスにて その2
広場を四角く囲んでいるマーケットの中にある日本のブースに滞在中何回も行った私は、やはり一人旅で寂しかったんだろう。その日も私はフラフラとマーケットに向かったのだった。
そのブースの前に立っていた、赤いコートにサングラス、ボブカットの背筋の伸びた女性を「日本人だろうな」と思って見ていたら、「この前あなた忘れ物したでしょう」と日本語で話しかけられた。
「そうです」
初日にこのマーケットに来た時に、イスラエルのブースで買ったファラフェルのサンドイッチを食べながら、ドイツの地ビールを買って飲んだ。その時エコバックを席に忘れたのだ。その次の日にまた寄ったらみんなが歓声を上げるので、訝しく思ったら、「よかった! 忘れものを親切なフランス人のマダムが届けてくれましたよ」と言われたのだった。おそらく「フランス・パリ」というガイドブックが入っていたせいだろう。
「酔っ払ってたんだと思います。1杯、ビール飲んだだけだけど」と私は言い訳した。ファラフェルのサンドイッチのソースが辛くて、これは絶対ビールを飲んだらうまいはず、とブースをハシゴしたのだった。サンドイッチは9ユーロ、ビールは4ユーロだった。
「もうこちらは長いんですか?」とおそらく彼女なら何回もされているであろう質問をすると
「そうよ、もう40年ぐらいいるわよ。夫はフランス人なの。でも、亡くなって」
急に話題が身近になってきた。
「主人は50半ばで亡くなったのよ、早すぎたわよ」
「そうですか、私の夫は51歳でした」
彼女はおそらくそんな返事を予想していなかったんだろう。ちょっと調子が変わったが、また取り戻して
「あなたいくつ? 私は来年70歳なんだけど」
「70歳! 見えません」と私が返す。
「見える見えないは関係ないわよ、あなたまだ若いんだから、したいことしなきゃダメよ」
そういう時は大抵、次のパートナーを見つけろという意味合いになるのが不思議な私は(はあ、したいこと、してます。だからここに来ました。)と、自分の旅を一瞬反芻した。
「でも、悲しいです」
急に広場が暗くなったような気がした。私の本音がポロポロと漏れてきた。
悲しい。
その言葉が彼女にも何か作用して
「悲しいよねえ」
と彼女も素直な口調で言った。
70歳でも50歳でも悲しいし、寂しいんだよ、夫に死なれて。そして生きていかなくちゃいけなくて。彼女はおそらく一人の年月を私よりは、長く過ごしているのだろう。でもまだ悲しいんだね、素敵なご主人だったんだろうなあ。
夕暮れのエクサンプロヴァンスで、私と彼女は、日本でなら深夜のバーでしみじみしそうな話を、インスタントな立ち話でした。年月が経っても、消えない悲しみを、悲しいと言葉で分かち合うことができて、暗い広場にふっと灯る蝋燭のような心持ちだった。
彼女は「失礼」と言ってタバコを取り出して火をつけた。
「あなたご飯とかどうするの』
と、彼女が言う。
「おすすめのカフェがあるわよ、案内するわ」と、一人決めに言って、私たちは一緒に広場から出て通りを歩いて行った。行ったらカフェは休みだった。
「日曜日だからかも。あっちをまっすぐ行った、あそこのカフェもいいわよ」と彼女は悪びれずに言い、「じゃあ私はこっちだから」と言う。
「ありがとうございました」と私はお礼を言い、「元気でいましょうね」と彼女に言って、私たちはハイタッチをした。
クリスマスのイルミネーションの白い光がビカビカしているエクサンプロヴァンスの通り。家族づれやカップルが見上げながら歩いている。周りから聞こえるのはフランス語(当たり前だけど)。日曜日の夕暮れの風景。そのビカビカの下の人混みを通って、私は一人でホテルへ歩いて行った。