未亡人日記23●「神様の乗ったバス」
光がまぶしい。
いつも涙が流れるのでサングラスを常時かけているようになった5月。
広い坂道の上から、バスが真っ逆さまに下ちていく。
そんな気持ちでつり革にぶら下がっていると、後ろの会話が聞こえてきた。
「‥‥夫がそれで入院して、あっというまだったんだけど、最後には子供たち3人も一緒に見送れて‥」
久しぶりに会った、軽い知り合いといったかんじの女性たちの会話。
なのに私が思わず耳をピンと立ててしまうような内容だった。
4月の連休前のことだったらしい。
女性は、サバサバした声で事実を知り合いに報告していた。相手の反応は聞こえない。バスの中でする話でもないので困っているのかもしれない。女性は相手の返事を待っているというより、自分自身に話しかけているようだった。
バス停にバスが止まると
「じゃあ、仕事なので」
と相手に言って、カツカツとヒールの音をさせてバスを降りていった。スカートの後ろ姿しか見えなかったが、幼稚園ママにいる雰囲気の、私よりも若い女だった。
あれは神様なんじゃないだろうか?
なんとなく、私は志賀直哉の「小僧の神様」を思い出していた。
(「小僧の神様」は、もちろんそんな話の筋ではないのだけれど)
誰かが私のためにこのメッセージを女に託して持ってきたのだろうか?
小僧に「神様」が鮨をおごってやったように。
うちの子供の数は3人なのだ。
(予言じゃないといいな。)
でも「そうやって生きていけ」と、神様は私に教えているのかもしれないとも思ったのだった。
このシーンは後々、何度も思い出すことになった。そしてだんだん本当にあったことなのかどうかわからなくなってきた。
でもふとしたときに、まだ思い出す。
顔は見えないけど、私よりは若く、私より小さな3人の子供を持つ、カツカツと音を立てて急いで歩いて行く神様の後ろ姿。