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うなぎ

うなぎ 小説
 虚士(きょし)が小学5年生(昭和35年)頃の話です。夏休みのある日、虚士に母の紀乃が、「毎日暑かね!、うなぎの蒲焼きでも食べたら、元気になるかもしれんね?」と話しました。虚士はピン!ときて「のはえ(はえ縄漁の事)」をしてみようと思い立ちました。                  自宅の道具箱から、幹糸になる太さの釣り糸15m程度と、枝糸になるテグスと、うなぎ針(うなぎは並の針では、体をからませて逃げるので、針先端が内側に曲がっている)10本を取り出し、仕掛けを作り始めました。

 テグスにうなぎ針を結び付け(じいさんに習った地獄結び)が終わると、竹で編んだ平たい大ざるを用意して、幹糸に1mおき程度の間隔にテグスを取り付けざるに入れながら、もつれないように、うなぎ針はざるの縁に順次差し込み、仕掛けを完成させました。

 次に餌の大きなミミズ採りです。まずかぼちゃ(当地では「ゆうごう」と言っていました)の葉っぱを用意します。ゆうごうの葉っぱは大きくて、がさがさしていて、ぬるぬるしたミミズをつかむのに最適です(うなぎつかみにも有効)。畑の片隅とかゴミダメあたりを棒きれであさると、すぐに見つかります。虚士は、餌に大きなミミズを付けると、大きなうなぎが釣れると思っています。

 ミミズは、すぐにたくさん採れました。グロテスクな大ミミズをゆうごうの葉っぱでつかみ、うなぎ針に三つ折りに曲げながら刺して、竹の大ざるに差止めしていきます。
 潮が引いているのを見計らって、虚士の自宅下、平瀬の先の、小さな河口に行って、水のない平らな潟の上に、まず幹糸の先端に重り石を結び付け、大ざるから大ミミズがついたうなぎ針を順次配置して行きます。次に満ち潮になる前に、かにがミミズを食べてしまわないように、ミミズの上に潟を載せて隠します。最後に幹糸の終わり部分を、岸壁の石に結び付けて、細工は隆々です。

 次の日の早朝、虚士は眠たい目をこすりながら、仕掛けた場所へ向かいます。潮は満ちていて幹糸がピーンと張っていました。海中に目をやると、何か動いているのが見えます。虚士が緊張して幹糸を引くと、グイグイと引き返す手応えがありました。

 「何か掛かっているぞ!」慎重に幹糸をたぐり寄せますが、左右に暴れまくった後、幹糸にぐるぐる巻き付いて来ました。うなぎが掛かっているのが見えましたが、テグスが切れそうです。急いで持って来た「てご(竹で編んだ容器)」に幹糸ごとすくい入れます。
 しかしその先にもまだ暴れているものがいます。結局3匹掛かっていました。

 虚士が弾んだ顔で自宅に持ち帰ると、母が戸口で待っていました。「わー!3匹もとれたと、よかったね!」と喜んでくれました。「今夜は蒲焼きじゃね!」と言いましたが、虚士は「2匹は蒲焼きでよかばって、1匹は“はげん下(雑貨屋の通称)”のじいさんに売ってくる」言いました。

 当時、“はげん下”のおじいさんは、自宅庭に池を造っていて、子供達が釣ってくるうなぎを買って活けていました。今思えば、うなぎを食べるのが好きだったのと、いつも雑貨を買ってくれる子供達へのサービス精神と思われます。ちなみに友達からの情報によると、色の濃いのは、本物の川うなぎなので1匹10円、薄いのは海のうなぎなので1匹5円、が相場だとの事。

 虚士は、一番色の濃いうなぎをバケツに泳がせて、”はげん下”に持って行きました。おじいさんに「うなぎを買ってくれんな!」と言うと、品定めしたあと、「これは川うなぎで10円でよか」と言って、銅貨を渡してくれました。現金を手にした虚士は、嬉しくて走って自宅に帰りました。

 その日の夕方、虚士は母が蒲焼きにするところを近くで眺めていて、煙と共にくるいい臭いを”くんくん”して嗅いでいました。――夕食のうなぎの蒲焼きが美味しかった事、言うまでもありません。

 虚士は10円で何を買おうか悩んでいます。隣の深海部落から木箱に入れて自転車で売りに来る”アイスキャンディー”は1本10円、ごりん玉(大きな飴)であれば5個は買える。どっちにしようかな?
 寝床に付いても決まらず、10円玉を握ったまま、うとうとしていると遠くからアイスキャンディー売りの「チリーン、チリーン」の音がしたかと思ったら寝付いていました。
             完
(以上は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので”小 説”としました)

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