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臭い話-下肥原料調達

糞尿調達-下肥原料(小説)
虚士(きょし)が小学4年生(昭和34年) 頃の話です。ある土曜日の午後父の勝太郎が自慢の船に、大きな糞尿いれの桶を置き、売り物の薪(たきぎ)の束を積み込んでいました。
 虚士が、「どっか行くと?」と聞くと、勝太郎は「あした牛深に肥え取りに」と答えました。
 
 「牛深」と聞いた途端に「おりも行く?」(僕も行きたか?)と言いました。当時、「牛深」は虚士が知っている所では、にぎやかで活気のある最大の漁港、港町でした。そして魂胆もありました。大好きな漫画の本が買ってもらえるかもしれない?。
 
 勝太郎は少し考ええてから「くさかぞーほっでんよかか?」(臭いぞーそれでもいいか?) 虚士は即座に「よかー、行く」と喜んで飛び上がりました。
 
 次の日、薄暗い早朝6時には自宅下の平瀬を出港しました。勝太郎の船はガソリンが燃料のチャッカエンジンが付いていました。牛深までは海路10Km程度ですが、2時間位かかっていたように思います。
 
 往路は潮の流れも少なく、難なく牛深港に着き、大型の巾着網漁船の間を縫って、商店街通りに繋がる幅90cm程の路地のある岸壁に船を係留しました。その路地の両側には民家が密集して建ち並び玄関も、トイレの汲み取り口も並んでいました。
 勝太郎は早速、船から岸壁に道板を架け、薪の束を降ろし始めます。虚士も舟底から持ち上げるのを手伝います。

糞尿運び

 お得意さんらしく、数件の家に運んで行きました。薪運びが終了すると、いよいよ汲み取りの始まりです。虚士が長柄のひしゃくを担いで、勝太郎が肥えタンゴ(木製の桶)を木刀(天秤棒)で担ぎ、最初の家の便槽の蓋を開け、長柄のひしゃくで「そぉーと」汲み取り、肥えタンゴに入れます。近くで見ていた虚士は思わず顔をそむけるが、臭いが襲い「クセー」と逃げ出しました。
 
 勝太郎は肥えタンゴ2盃ともいっぱいになると、木刀で天秤に掛け肩で担いで、糞尿が飛び跳ねないように、絶妙な足取りで船まで運んで、船の大きな桶にひっくり返します。
 
 4件の糞尿汲み取りをしたら、船の2個の大きな桶は糞尿でいっぱいになりました。勝太郎は肥えひしゃくを海水で洗い、集金に向かいます。
 各戸、薪代と汲み取り量の料金を頂いた上、漁師飯の残り物、鯖或いは鰺の煮干し、干物類を心付けに頂きました。
 
 それを見ていた虚士は、にこにこして勝太郎に「まんが王の6月号が出とっと、欲しか!」と言っておねだりしました。臭うかも知れない勝太郎はしばらく考えて「一人で買いきっとか!」と言ったので、虚士は「益田さんはしっとる!」(益田文章堂と言う本屋)
 虚士は嬉しくて、お金をもらうや、走って商店街に出て本屋にまっしぐら、付録のたくさん付いて膨れている「まんが王」を買って走って船まで戻りました。
 
 虚士と勝太郎は本日の用事は全て終了したので、帰路に着きました。牛深港を後にして、二人とも船の後方で操舵しながら、昼食用に母が作ってくれた、麦飯弁当を食べました。風向きによって糞尿の臭いが時々襲来しますが、二人とも何のその、腹が減ったら糞尿の臭いも飯の足しです。
 
 往きと違って復路は潮の流れが急になっていました。大きな渦巻きがあっちこっちに見られ、赤島の向かい側の難所「早崎」にさしかかると急流となったので、レイノルズ数が大きく流れが比較的緩やかな海岸近くを通り、今にもぶつかりそうになりながら、船の速さと潮の流れが拮抗して船が波で揺れ、桶の糞尿が跳ね上がり飛び出します。思わず虚士は「クッセー」と鼻つまみます。
 
 やっとの事で「早崎」を切り抜け、自宅下の平瀬にたどり着きました。虚士は「まんが王」を両手で抱いて急ぎ足で自宅に帰りました。勝太郎は船の大きな桶の糞尿を、開き(農具等の倉庫)の ”肥溜め”に運ぶ作業が残っています。
 ”肥溜め”に糞尿を入れて、熟成させ下肥にします。当時は貴重な有機肥料でした。一定期間経つと、各種野菜、いも、麦等の肥やしとしてここから畑に運びます。
   臭い話で失礼しました。  終わり
 
(この話は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので ”小説”としました)

糞尿調達ルート



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