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スイカ無残

浅海地図
虚子少年の生活圏

スイカ無残 小説
 虚士(きょし)がまだ小学校就学前(昭和30年)頃の話です。夏の終わりごろのある日、母の紀乃が「つっかぐめ(裏山の畑の場所)の草むらの中に大きなスイカがころがっとったよ!」と教えました。この時期はスイカの収穫は既に終わっていて貴重な上、スイカ大好きな虚士は目を輝かせ「早う取りぎゃ行こう」と言うと母が、「あした芋の草取りに行くばってん、坂道を登りきるかね?」、虚士は即座に「おり(俺)も行く」と答えました。

 当時は作物の肥やしに人糞をかけていました。その中にスイカの種が混じっていたらしくて、自然に芽が出て段々畑の土手の草むらにつるが伸びて、人知れずスイカが成長して1個だけ大きくなっていた様です。
 次の朝、母が肥やしを担いで坂道を登ります。虚士はこれに付いて歩き、はあはあと息を切らしながらも、スイカに目がくらんでいるので弱音は吐けません。

 “つっかぐめ”は、”もと越山”の中腹で浅海湾が一望できる眺めの良い処です。到着するとせっかちに虚士は「スイカはどこにあると?」と母に聞きます。タオルで汗を拭きながら母は「わー良か眺めじゃるね!(よか眺めだね!)」としばらく休憩してから、土手の方に行って、かまで草をかき分けて、「これこれ」大きなスイカを指さし、その後中指でポンポンとはじき「熟れとるごたるね!」と言いました。

 早速、摘果して虚士に持たせて見ました。大きくてずしりと重くよろよろと歩きましたが、嬉しくて芋畑の片隅に持って行き中指でポンポンとはじいてみたり、ひっくり返して「お尻が黄色になっとる」とか言って、大事そうに触っていました。

 母の芋の草取り作業が終わり、帰り荷に土手で牛の食用草を刈り始めたら、草の臭いがしてきました。優しい母の臭いです。スイカが母に見つかったのは優しさへのごほうびでしょう。

 そろそろ帰り支度です。草を葛のかずらでしばり、母が背負います。「かちゃん(母)がスイカ持とうか?」と言いますが、「おりが持つ」と虚士が大きなスイカを両手で抱え、来た道を母より先に歩き出しました。

 平坦な処は鼻歌交じりのルンルン気分で歩いていましたが、下り坂に差し掛かり、足先が見えにくくなり、はたと止まりました。ここから先は無理かな?とも思いましたが、「おりが持つ」と言った手前、頑張らんといけません。

 下り坂を一歩下りた途端、石につまずきスイカを抱えた手を離してしまいました。「あっ!」スイカは坂道を転げながら、ばらばらに砕けスイカの形は見る影もなくなりました。虚士は呆然と立ち尽くしていましたが、母が荷物を降ろし、スイカを拾いに行きました。が虚士の手のひらほどのかけらが2個残っていただけで、後は砕けて泥まみれでした。

 やっと状況を飲み込んだ虚士は、泣き出してしまいました。母が「ちゃんしもーたね!こがしこ残った(しまったね!これだけ残った)、よかよか」と言って慰めました。
 帰宅した虚士はしょんぼりしながら家族にスイカを落とした顛末を話し「おりが悪かった」と反省しました。  完

(以上は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので”小説”としました)

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