パンさがし作戦
パンさがし作戦 小説
昭和35年当時、虚士(きょし)は小学校5年生でした。4年生までは浅海(あさみ)集落にあった分校に通っていましたが、5年生からは4km程離れた深海(ふかみ)集落の本校に徒歩で通学していました。同じ生活区域内に3歳年上の七男(ななお)さんが居ました。
七男さんは遠い親戚と言う事もあったのでしょうが、虚士と波長が合うのか、よく遊んでくれました。また当時は戦後復興の途中で、食料の総量こそ足りていましたが、生活は自給自足に近く、肉類、或いは菓子、パンなどの嗜好品は高価で手にはいりにくい時代でした。
夏休みの終わりごろ、七男さんが舟釣りに行こうと虚士を誘ってくれました、釣り場のポイントもよく知っていて、虚士の母は七男さんと行けば、必ず家族9人分の夕食の釣果が期待出来るので大喜びでした。木造の小船に乗り二人で代わり番こに艪(ろ)をこいで、浅海湾のポイントを転々として一本釣りをするのです。
釣れる時間帯は二人とも忙しく、楽しいのですが、釣れなくなると退屈になって雑談が始まります。七男さんが「虚士、この間友達に聞いた話ばってん、33段(転落防止石)先の杉林の中に、パンが一箱落ちとったので、腹一杯食って下痢しそうになったと言うとったばい」。
当時の道路は舗装してなくて大雨が降ると、杉林付近は急勾配の坂になっているので道路がえぐられ、がったんがったん道になってしまい、そこにパンを積んだトラック(当時は覆いの幌は無かった)が通ると、パンが落ちてしまうと言う事です。
虚士は兄弟の内でも一番大きく、食いしん坊でした。いつもお腹が空いた時は、蒸かしたさつま芋と鰯(いわし)の塩干しをかじっていました。めったな事ではパンには有り付けなかったので、七男さんの話を聞いて全身に戦慄が走りました。「パンを腹一杯食って下痢してみたか」、早速“パンさがし作戦”を計画、実行に移しました。
追加情報によるとパンを運ぶトラックは毎日、朝早く通るようでした。パンが落ちていた処は虚士達の通学路だったので、他の生徒は朝7時ぐらいに家を出るところを、虚士は一人で、まだ薄暗い5時ぐらいには出て、誰よりも早く杉林に到着して、がったんがったん道とその下付近を探し回りました。来る日も来る日も辛抱強く続けました、特に大雨が降った翌朝は期待を膨らませ熱心に探し回りました。
虚士の母は当時まだ竈(かまど)でまき木を使い朝食の準備をしていましたので、4時過ぎには起床して火起こしをしていました。そこに虚士も起きてくる、母は当初から”パンさがし“の事は聞かされていましたが、それが何日も続くと心配になり、「そがん暗かうちから、子供一人でうろうろすると幽霊か何か出てこんかね?」と脅どかしました。
それを聞いた虚士は足がすくみ、血の気が引いてしまいました。体は大きいのに、のみの心臓の持ち主なのです、これで取り付かれたものがどこかに行ったように、すっかり正気を取り戻しました。
(この話は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので”小説”としました)
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