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イルカのたわむれ (上)

虚子少年の生活圏

イルカのたわむれ 小説 (上-がらかぶ釣り)  (下)もお読み下さい
 虚士(きょし)がまだ小学3年生(昭和33年)頃の話です。9月のある日、虚太郎(きょたろう)じさん(祖父)が虚士に、「今度の日曜日は”から潮”(小潮の事)じゃっと(である)、赤島にがらかぶ(かさご)釣りに行くぞ」と言いました。虚士は即座に「おり(俺)も行く」と浮き浮きしながら答えました。

虚太郎じさんは、夜なべに釣り道具の整備を始めました、四角い糸巻きに巻いた釣り糸、鉛、釣り針等の点検、鉛は不足していたのでインゴッドを溶かして数種類新たに造りました。それを虚士は近くで興味深く眺めていました。前日の土曜日、虚士とじさんは”平瀬”近辺でえさのヤドカリを拾いに行きました。
 
 翌日曜日7時ごろ”平瀬”を手漕ぎ船で出港、麦飯弁当、味噌、てご、釣り道具、水筒代わりの一升瓶等持参して、かちゃん(母)が、「虚士、晩飯は楽しみにしとるよ!」と行って見送りました。
 
 目指す釣り場は赤島周辺です。この海域は潮の流れが速く危険なので、子供だけで行くのは八幡様止まりが暗黙の決まりで、めったに行けない所なので、虚士は浮き浮きしています。じさんが漕ぎます。
 
 ほきの鼻付近に来ると、艪と船の接点がぎーこぎーこ音がするので虚士は海水を掛けます。さらに漕ぎ進め黄金(こがね)が鼻から八幡様そして荒崎、ここを過ぎると八代海の海原です。既に赤島は見えていますが、まだ30分位はかかります。から潮でも結構潮流があります。じさんの腕と度胸の見せ所です。出港してから1時間半位で目的の赤島に着きました。
 
 最初の釣り場は赤島の北端付近です。じさんがアンカーの”きびり石”を海中に投げ込みます。から潮でも潮流があるので、船が流されないように、海底に石が着いてから10ひろ位は余分に縄を投げ入れ、船が止まったのを確認して船に結び付けました。
 
 早速虚士はえさのヤドカリを石で砕き、2本仕掛けの釣針に付け「えびす様一献」と、おまじないの声と共に重りを海中に投げます。糸巻きに巻いた糸(釣り竿は無い)を、ほどきながら沈めて行きます。海底に届いたら2m位は上に上げ、かせ(障害物)に掛から無いようにして、釣り糸を直接人差し指の先端で持ち、上下させ魚の食い付きを待ちます。
 
 するとすぐに指先にぐいぐいと反応があったので、瞬間的に合わせ引き、釣針に引っかけます。虚士の指先に強い反応があり「掛かった!」と言うや、両手で釣り糸をそのままたぐり揚げます。
 海中に赤い物体が見えてきました。「何かな!」ドキドキです。サイズはそこそこでしたが、鮮明な赤色のがらかぶでした。が、針を外して、魚の鮮度を保つ為、船外の海中に付けている”てご”(竹で編んだ蓋付き容器)に入れようとしたら、あらかぶが暴れて海中に逃げてしまいました。虚士は放心状態です「逃がした魚は大きい」しまった!。
 
 じさんは「よかよか、また釣ればよか」と慰めてくれます。気を取り直して、再度「えびす様一献」と投げ込みます。入れ食い状態で、どんどん釣れます。赤色のがらかぶが多いですが、青や赤色のくさび、ぶだい、みのかさご、はた等、色とりどりの魚が釣れました。虚士が10匹位釣ったころ、じさんは50匹以上釣っていました。
 
 潮の流れが速くなって、釣りにくくなったので、じさんが、「釣り場を替えるぞ、糸を揚げろ」と言いました。そしてアンカーのきびり石を引き上げ、赤島の東側に移動しました。そこはわりと潮流も緩やかで、釣りやすい場所でしたが、先ほどの処より釣れませんでした。一時間も釣ったら、飽きてきました。
 
 虚士が、「腹減った!」と言ったら、「昼飯にするか」とじさんが言い、持ってきた包丁とまな板で、釣たてのがらかぶで刺身を造りました。麦飯と刺身に味噌を付けて食べ、一升瓶に入れたまま海水で冷やした水を飲み、何ともおいしく楽しい食事でした。
 イルカのたわむれ (下)に続く
(以上は実話に基づいていますが、細部の記憶が怪しいので”小説”としました)

 
 


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