中学受験は「傍目八目」
「傍目八目(岡目八目)」という言葉があります。
この言葉は、囲碁に由来する言葉で、実際に対局している時よりも、傍から見ている時の方が「八目」強くなるという意味です。
「目」とは、囲碁の勝敗を決めるための陣地を数える単位です。現代の囲碁では、先手番(先に打つプレイヤー)が有利なため、後手番(後に打つプレイヤー)には予め「六目半(6.5 目)」のハンデが与えられています。そのハンデのことを、「コミ」と呼びます。また、後手番の不利を無くすために先手番は「コミ」を出し、対等な状況にして対局することを「互先(たがいせん)」と言い、その「コミ」を無くして打つことを「定先(じょうせん)」と言いますが、そうなると対局者同士にある程度の実力差がはっきりとしていることになります。その意味で、「八目」というのは、はっきりした実力差があることを意味します。
実際に対局している時と傍から見ている時で差が生まれる理由は、単純にプレッシャーの有無です。自分の勝ち負けが懸かっている瞬間に、人はプレッシャーを感じます。本当に自分のその判断で良いのかと、疑心暗鬼に陥ります。そのような気持ちと戦いながら最善手を探していると、しばしば錯覚に陥ります。
囲碁や将棋を嗜んでいる人であれば、局後の検討で「なんで、自分はこんな手を打ってしまったのだろうか…」と自分のあり得ない判断に落胆した経験があると思います。冷静になって考えればあり得ないと分かるのに、対局中の勝負や制限時間のプレッシャーに負けて錯覚に陥ることは、アマチュアであれば日常茶飯事のことかと思います。
将棋の羽生善治九段の「手の震え」の話は有名です。トッププロですら、終盤で勝ち筋が見えたとき、その自分の認識が正しいのかどうかを確認しながら指し続けることは、非常に大きなプレッシャーを感じるようです。
人間は、一度自分が「正しい」と思ってしまった後に、その認識を疑うのが非常に難しいと言われています。ゆえに、自分に錯覚が無いかを確認する作業は非常に難しいのです。その作業を高い次元で行えるのは、本当にトップレベルの人間だけになります。多くのアマチュアは、羽生善治九段の次元で自分の認識を確認することはできません。その確認作業を行えるようになるためには、とてつもない鍛錬を必要としているからです。
囲碁や将棋のアマチュアの世界では、「妙手を打って勝つ」ということは通常起こり得ないと言われています。そうではなく「悪手の少ない方が勝つ」と言われています。ここら辺は、囲碁や将棋と中学受験の似ているところかと思っています。
中学受験も、合格するために「難問を解かなければならない」というよりは、合格するために「解ける問題を落とさない」ということの方が重要な競技です。満点で合格する子は少なく、合格者最低点を超えるためだけであれば、全部解けなくても問題ありません。だからこそ、「捨てるべき問題」というものがあり、「できる問題を確実に解き切る」という能力の方が重要になるのです。つまり、「悪手が少ない」子が勝つ取り組みになっているのです。
しかし、囲碁や将棋のことで話した通り、これが本当に難しいのです。実のところ「成績が上がらない…」という子は、学力の問題以上にこの囲碁や将棋で求められる「勝負の場での冷静さ」が足りないことが多いです。
そこで、そのような子はなぜ「冷静さ」が身に付いていかないかと申しますと、その理由が冒頭に挙げた「傍目八目」になります。成績が上がらない子の成績が上がらない主たる原因の一つとして、「周りの大人が傍目八目に気付いていない」という問題があるのです。
「どうして、うちの子はこんなミスをするのだろうか…」
「家庭学習では解けているのに、本番になるとミスが多い…」
と、思ったことがある保護者の方は多いと思います。それを子供の学力の限界だと感じてしまったことや、子供にやる気がないのではないかと感じてしまったことがあると思います。
しかし、これは学力の問題でもやる気の問題でもありません。もっと思考技術的な問題になるのです。本来は、そういった思考訓練を行わなければ改善されません。しかし、その思考訓練をしてもらうことなく、精神論で追い詰められてしまっている子が多いと私達は感じています。
そのような状況を生んでしまっている原因は、周りの大人が「傍目八目」を理解してないことにあると考えています。
中学受験において、その子がそれまで経験したことがないプレッシャーに直面します。ゆえに、そのような状況に対する向き合い方を知りません。
そして、当事者としてそういったプレッシャーと戦っているのにも関わらず、周りの大人にそのプレッシャーの存在を理解してもらえず、そのプレッシャーとの向き合い方を教えてもらうこともなく放置され続けると、その子はどんどん自信を失っていってしまいます。
ゆえに、中学受験においては、周りの大人が「傍目八目」を理解することはとても大切なことだと私達は認識しており、その点を深く理解した上で子供への指導を行うことが大切だと考えています。
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