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リライト版 離れていても温めますか  #クリスマス金曜トワイライト

こちらの企画に参加しています。

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(カミーノによるリライト版)

寒さにぶるぶるっと首をすくめた。

うっすら明るくなってきた冬の空を眺め、バイクのスピードを徐々に緩める。緑の車体が、朝の光に反射している。

ヘルメットを脱ぎ、冷たい空気を短い髪のすみずみに行きわたらせる。キリンとした空気が気持ちいい。

手で髪を整えていると、コートの襟を立てて歩く男性と目が合った。

---あ、ときどきカフェに来るお客さん。いつも忙しそうな、あの人だ。

私が笑いかけたのと、彼が会釈したのは、ほぼ同じタイミングだった。

カフェで早番の私は、仕事が14時に終わる。あと1時間で上がるというとき、あの彼が、エレベーターホールから歩いてくる姿が見えた。

先週の早朝、バイクを停めたときに会った、あの男性。

『ベーグル、温めますか?』
『あ。。どうも。。』

それからも、幾度となく彼は店にやってきた。いつも忙しそうで、両手いっぱいに書類を抱えている。

エレベーターホールから歩いてくる彼を見つけると、なぜかソワソワしてしまう。テーブルを拭きながら、彼の左手の薬指に視線を走らせた。

--- 指輪、つけてない。独身、かな・・・

彼のことが気になり、遠くから視線を送る。でも、笑顔を交わすのが精一杯だ。なにかを期待しているのかもしれないし、なにも期待していないのかもしれない。

ふぅーっと小さなため息をつく。

--- 私はなにがしたいんだろう?あの彼とのあいだに、なにも起きないほうがいい。いまなにかが起きたら、困ったことになるじゃない。

彼は陽のあたる席で、書類を読みながらベーグルにかじりついている。

ふぅーっともう1度小さなため息をつき、カウンターテーブルをゴシゴシとこすった。

「んーーーーん。やっぱりココがいい。気持ちいいなぁ」

まわりにだれもいないことを確認し、長椅子に座ったまま大きく伸びをする。

ココは、ずっと前から私の憩いの場所。ひとには教えたくない特別な場所、田町八幡。ビルの谷間にあるこの神社を知っている人は、意外と少ない。

頭にゴチャゴチャがたまったとき。絡まった気持ちを整理したいとき。そんなときは、必ずココに来る。田町八幡は、考えごとをするのにピッタリの場所。

--- で、私はどうしたいの?もう、ほとんど決まってるんだよ。あとは田舎に帰るだけじゃない。

--- なにを迷ってるの?あの人が気になるからって、まだなにも始まっていないじゃない、あの人とは。あの人の名前すら知らないじゃない。

風に揺れる木々をながめる。

--- 頭に浮かんでくるあの人の姿を、この風が吹き飛ばしてくれたらいいのに。

ふぅーっと小さなため息をつくと、誰かがゆっくりと覗き込む仕草をして、私に会釈した。

---- あ、あれ。えっ?!あの人だ。ベーグルのあの人が、ここにいる?!

突然のことに驚き、言葉が出てこなかった。しばらく彼の目を見つめて、こう言った。

『あの。。ワタシのおみくじに、待ち人は遅れて来たる。って書いてあったんです。あ。。おみくじ引きました?』

長椅子に並んで座る。彼はおみくじで大吉を引いたと言って、少年のように喜んでいる。名刺をもらい、彼が広告マンだということを知った。

--- これは神様のいたずらなのかしら。

その後しばらくのあいだ、私は休暇をもらいお店を休んだ。田舎に帰って、きちんと話をするためだ。

--- こんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、新しい生活なんて無理だ。

広告マンの彼とは、なにも始まっていない。彼が私をどう思っているのかも分からない。彼の素性さえよく知らないのに、なぜこんなに気になるのか、自分の気持ちが分からなかった。

「ごめんなさい。やっぱり、あなたとは結婚できない・・・」

田舎に帰り、フィアンセの彼にそう言うのが精一杯だった。理由を聞かれたけど、うまく説明できなかった。説明なんて、できるわけがない。自分でさえ自分の気持ちがよく分からないんだもの。

--- ただ、あの神様のいたずらを信じたい。“待ち人は遅れて来たる”って書いてあったあのおみくじ。あの“待ち人”が広告マンのあの彼だと、そう信じたい。

彼をよく知らないのに、それでも、彼のなにかが私を呼んでいるような気がした。その気持ちを、【マリッジ・ブルー】の一言で片づけられなかった。

--- 神様のいたずらを信じたい。

東京に戻り、カフェの仕事に復帰した。広告マンの彼はお店に来てくれたけど、私たちの関係はなにも進まなかった。店員とお客、その関係を飛び越えるようなお誘いも、彼からはなにもない。

不思議なことに、彼とはお店以外の場所でなんども偶然に会った。第三京浜の三沢サービスエリア、コンサート、居酒屋、大江戸温泉。これを縁と呼んでもいいんだろうか。

それでもやっぱり、店員とお客の関係は続き、その先には進まなかった。進む気配すらなかった。

「あれは、神様のいたずらじゃなかったのかな・・・」

一人暮らしのアパートで、テーブルにうつぶせになり、そうつぶやく日だけが増えていく。彼への淡い想いだけが、降り積もっていく。

店員とお客。その関係が1年以上過ぎたころ。仕事が忙しいのか、広告マンの彼をカフェで見かけることが少なくなった。

--- このままだと、彼に会えなくなるかもしれない。

そう焦りだしたころ。そろそろ本格的な冬に入りそうな、空気がキリンと冷えた朝。

彼が久しぶりにお店にやってきた。とても疲れた顔をしていた。

『これ、オマケです』

透明の袋に入った小さな焼き菓子を、コーヒーと一緒にわたす。

『うわ。嬉しいです。このあとのミーティングで食べます。もう疲れて死にそうだから。ありがとう』

『きっと効きますよ。特製ですから』

メッセージに気づいてくれますようにと願いながら、そう言った。

焼き菓子の裏側に小さなシールを貼り、その中にメッセージを書いた。

「しばらくバイク旅に出ます。つづきは、おみくじを引いてください」

どうか、メッセージを読んでくれますように。
どうか、田町八幡に足を運んでくれますように。
どうか、バイクの絵を描いた絵馬に気づいてくれますように。

このあいだの休みに田町八幡に行き、絵馬をかけてきたところだった。

『理由があってバイク旅をしてきます。もし私のことを覚えていてくれたら、来年の大晦日にココで会いたいです。そして除夜の鐘を一緒に鳴らしましょう』

この絵馬のメッセージを、広告マンの彼が見つけてくれる。そう信じて。

冬の夜。典型的な冬の夜だ。

空気はキリンと澄みわたり、足元からジワリと寒さが伝わる。ふだんはバイクで来る田町八幡に、歩いて来るのも新鮮だ。

いつもは静かなココも、今夜は夜店がたくさん出て、カップルや若い人たちでにぎわっている。

ハァーーーッ。真っ白な息が浮かんで消える。
ハァーーーッ。手袋の上から息をかける。

--- 待ちきれなくて、早く来すぎちゃった。除夜の鐘まであと1時間半。

あのときの長椅子を見つけて、座って待つ。あのときは風に揺れていた木々が、今夜はライトアップされて浮かび上がっている。

--- 今夜がにぎやかでよかった。そうじゃなかったら、胸のドキドキが周りの人に聞こえちゃいそうだもの。

辺りをキョロキョロと見回すが、彼の姿はまだない。

--- あの絵馬、見てくれたのかな。私のこと、覚えてくれてるかな。あれから1年も経つし、彼女ができたかもしれないな。

次から次へと浮かぶ不安を払うように、プルプルと頭をふる。

--- ゆっくり覗き込むように、目の前に現れてくれたらいいな。あのときみたいに。

時計を見ると、23:30。

--- 神様、どうか神様のいたずらを信じさせてください。

ハァーーーッ。手袋の上からもう1度息をかける。

もしも来てくれたら。もしも彼が来てくれたら、とびっきりの笑顔でこう言おう。

「じつは、一目惚れだったんです」

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今回リライトした作品はこちら。

☆ なぜこの作品を選んだの?

この作品の女性に惹かれたからです。『ショートカットでバイク乗り』の女性像、萌えますね、どストライク。カッコイイ女性、大好きです。

オリジナル作品の、“彼女は白いシャツに黒いエプロンを着ています”という描写に射抜かれました。ショートカットの女性のこの出で立ちって、ヤバくないですか?


☆ どこにフォーカスしてリライトしたの?

オリジナル作品は男性が主人公なので、女性が主人公のB面を書くことにしました。

主人公の男性は、彼女が気になってはいたものの、仕事が多忙すぎて恋にエネルギーと時間を割けなかったんだろうなと思ったんです。彼のスケジュールにもう少し余裕があれば、2人の関係は発展したかもしれない。

でも、彼女のほうも、彼の仕事が忙しそうなのは分かっていた。だから自分から積極的にアプローチせずに、遠くから彼を見守っていたと思うんですね(想像)。

彼女は、自分の気持ちを確かめるためにも、2人の行方をみるためにも、時間が必要だと判断した。だから1年間、彼の前から姿を消しました。

そして1年後の大晦日。彼のことを静かに思い続けていた彼女は、神社の境内で彼が来るのを待っています。

さて、彼はやってくるのでしょうか。

結末は、幾通りもあります。結末は、読み手の想像のなかにあります。その想像を楽しんでもらいたくて、あえてこの結末にしました。

あなたなら、この物語をどんなふうに結びますか?

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最後になりましたが、池松さん、前回に続き参加させていただき、ありがとうございました。

リライトは難しいですが、楽しいですね。アイディアが降って来ないときは悶々としますが、いったん降ってくると、一気に書けます。

リライト企画のもう1つの楽しみは、他の方の作品を読むこと。オリジナル作品は同じなのに、まったく違うカタチに生まれ変わっている。

それは、まるで魔法のようです。


この企画に参加された作品集です。どの作品にも魔法がかかっていて、味わいがありますよ。

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み・カミーノ
大切な時間を使って最後まで読んでくれてありがとうございます。あなたの心に、ほんの少しでもなにかを残せたのであればいいな。 スキ、コメント、サポート、どれもとても励みになります。