べっこうあめ色の空気に満ちた駄菓子屋さんには、親密さをはぐくむなにかがあった #あのころ駄菓子屋で
“駄菓子屋さん”と聞いて思い出すのは、イチョウの木。
小学校の校庭に、どっしりと根を張ったイチョウの木があった。
学校のシンボルともいえるその木は、空高くのびやかに枝を広げ、子供5人が手をつなぎようやく抱きしめることのできる太さで、下から見ても校庭のはしっこから見ても、堂々とした風格のある木だった。
放課後になると、校庭にランドセルを放り投げ、男女関係なく大勢で遊んだ。遊びの中心にあったのは、いつだってそのイチョウの木。
イチョウの木の下で、“馬おとし”(馬のり)をしたり、“だるまさんがころんだ”をしたり。 “缶蹴り”も“ゴム飛び”も“色おに”も、ぜんぶぜんぶ、このイチョウの木の下。
春には、黄緑色の葉っぱがワッサワッサと風に揺れる音が頭上から聞こえてきた。秋になると、木のたもとには黄色の絨毯が一面に広がり、いくえにも重なった黄色い葉っぱをけり上げながら走り回った。
ひとしきり遊んでお腹がすくと、みんなで小学校の向かいにある駄菓子屋さんに行った。学校にお金を持っていくことはもちろん禁止だったが、どういうわけか、みんなそれぞれ50円くらいは持っていたのだ。
それを握りしめてそそくさと駄菓子屋さんに入り、すぐさま引き戸を閉める。校庭にランドセルを置いたまま駄菓子屋さんに入っていく姿を先生に見つかったら、面倒なことになる。
だから、そのころのわたしたちにとって、駄菓子屋さんはちょっぴりイケナイ場所で、自分たちはちょっとだけ悪いことをしている“不良”のような気持ちになっていた。
駄菓子屋さんのおばあちゃんはいつも白い割烹着を着ていて、髪をお団子の形にくくっていた。
そのおばあちゃんの「いらっしゃい!」の声を聞くと、イケナイ場所だと思っていた駄菓子屋さんが、とたんに夢と希望にあふれる場所に変わったから不思議だ。
店内の照明は薄暗く、べっこうあめ色の空気が充満していて、焦げ茶の木の台には、色とりどりの小さな駄菓子が所狭しと並べられていた。
狭い店内を行ったり来たりしながら、普段はあまり話したことのないクラスメートとも、なぜか親密になれる。
駄菓子屋さんには、そんな親密さをはぐくむなにかがあった。
自分の50円をどう使おうか、吟味に吟味を重ねる。なかには50円のお菓子を1点買いする男子もいて、そんな思い切った買い方のできないわたしは、その男子を半ば憧れの気持ちで見ていた。
ちまちまと買うわたしのお気に入りは、モロッコヨーグル、パンチコーラ、マンボ、きなこ棒、フィリックスガム。
ちょっと高いけど、ベビースターラーメンやどんどん焼も好きだったし、セコイヤチョコレートもイカの姿フライも好物だった。
長い串に4つの丸いカステラが刺さっている“花串カステラ”は、キラキラしたお砂糖がまぶしてあり、見た目も味も上品で、その花串カステラを毎回買っていた“ようこちゃん”は、可愛くておしとやかな女の子だった。
花串カステラは、ようこちゃんみたいな女の子にぴったりのお菓子だなぁと思いながら、わたしはイカの姿フライをバリバリとかじっていたっけ。
みんなが買い終わると、だれか1人がそろりそろりと駄菓子屋さんの引き戸を開けて外の様子をうかがい、先生がいないかどうかをチェックする。いないと分かったら、全員すみやかにお店から出る。そんなときは、駄菓子屋さんのおばあちゃんは小さな声で「ありがとうね」と言い、小さく手を振ってくれた。
なにごともなかったような顔をして小学校に戻り、ブランコやシーソーで遊びながらお菓子を食べる。ブランコで風を切りながら食べるお菓子は、ジッとすわって食べるよりも特別な味がした。
駄菓子屋さんのアイテムで1番もりあがったのは、だれかが“ようかいけむり”を買ったとき。
イチョウの木の下にみんなで集まり、ようかいけむりに指先をつけてその薬を塗り、全員並んで指から煙を出す。だれが1番長いあいだ煙を出せるか、を競った。
遊び疲れると、イチョウの木の下にペタンと座り、みんなで幹に寄りかかって、空を見上げる。秋は黄金色に輝くイチョウの葉と、そこから続く青空のコントラストがきれいで、だれかが「来週の図工の時間、この景色を描こうかな」とつぶやいていた。みんなで、黄色の葉っぱがサワリサワリと揺れる音に、耳を澄ませた。
♢
わたしの記憶では、いつだって駄菓子屋さんとイチョウの木がセットになっていて、空高く伸びるイチョウの木を、黄金色に輝く葉を、今でもありありと思いうかべることができる。
2年ほど前に帰省したときに中学の同窓会に行った。そこには、あの小学校の駄菓子屋さん仲間も来ていた。実に35年ぶりくらい。
「よく行ってたあの駄菓子屋さん、まだあるのかな?」
わたしがそう聞くと、ずっと地元で暮らしている彼は、
「まだあるよ。オレの息子たちが小学生だった頃、おんなじ駄菓子屋さんに行ってたから。あのおばあちゃんの娘さんかな、お嫁さんかな、お店やってるの。店の中はだいぶきれいになって、店内も明るくなっちゃったけどね。今も小学生のたまり場だよ、あの頃と一緒」
「だけどさ、イチョウの木あっただろ、学校のグラウンドに。あの木、小学校の改築のときに切り倒されちゃって」
わたしが駄菓子屋さんのことを聞いたら、彼はイチョウの木の話をしてくれた。あぁ、彼のなかでも、駄菓子屋さんとイチョウの木はセットになってるんだ、わたしと同じだ。
それにしても。あのイチョウの木が切り倒されたなんて。なんでそんなことに…あんなに高くて太い木、どうやって切り倒すのよ。
わたしが分かりやすく悲しい表情に変わったからだろう。彼はこう言ったのだ。
「オレらの小学校のシンボルだったのにな…あの木。ガッカリだよ。あの下でよく遊んだよなぁ、オレたち。そうだ、一緒に献杯しよ、あのイチョウの木に」
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あんこぼーろさんの、こちらの企画に参加しています。
あんこぼーろさんは、わたしを涙と鼻水まみれにするような、そんなお話を書く名手です。
あんこぼーろさんのお話にはわたしが大好きなものがたくさんあるのですが、とりわけ鼻水まみれになったこちら。読んでみてください。
あんこぼーろさん、この企画のおかげで、懐かしい風景を思い出すことができました。ありがとうございました。
思い出の駄菓子屋さん、ホントにべっこうあめ色の空気に満ちていたんですよ。ぼーろさんにも見せてあげたい。