腰痛(ショートショート)
庭いじりをしていた。邪魔なガーデンレンガがあったので、それを1個持ち上げた瞬間、目の前にメデューサが現れたかのように体が固まってしまった。石になった。腰だ。腰に電気が走り、その場から跪くのも痛いし、当然歩くことなどできないし、ただレンガを持った姿勢で、しばらく固まっていた。
家の中にいた婆さんを呼ぼうにも声が出ない。そのうち気付いてくれるだろうが、この体どうしたものか。
そのうちつい痛さのあまり、跪いてしまった。激痛が走り、その場にひっくり返った。立ち上がれない。声も出ない。這って前へ進む事さえできない。
久しぶりにゆっくりと空を見た。晴れ渡る青空。園芸日和。鳥がさえずり、飛んでいく。いっそ鳥になりたい。そしたら自由に動けるかもしれない。
婆さんは相変わらず気づいてくれない。TVでも見て、笑っているのだろう。
丁度自転車で通りすがりの人が俺を見つけてくれた。慌てて119番に電話をしているようだ。そうではない。腰が痛いだけなのだ。続いてその人物、60歳くらいの男性なのだが、ウチのチャイムを鳴らしてくれた。婆さんが出てきた。それでやっと婆さんも事態を理解してくれた。
「救急車はいらん。腰痛だ」かすれる声で俺はそういった。
しかし救急車が近づいてくる音がする。何事かと近所の人たちが家から出てくる。
やがて救急車は我が家の前で止まり、俺に向かって、「大丈夫ですか。わかりますか」といった。そして突然PCR検査を始めた。ご時世である。
「大丈夫だ。腰を痛めただけだ。救急車はいらない」
俺はそういった。だがそれを無視して、救急隊員は担架に俺を乗せ、救急車へと運んだ。救急車の中に運ばれた俺は人工呼吸をされ、強い力で胸を押さえられた。肋骨が折れるかと思った。だが不思議と痛くない。よく見ると、俺は俺を見ていた。
腰痛だったはずだったが、そうではなかった。俺はその時、どうやら死んだらしい。「ご臨終です」と救急隊員がいったような気がした。