瞬間移動(ショートショート)
朝起きて、食事をすませ、歯を磨いて、ふと時計をみて驚いた。遅刻ではないか。妻はまだ寝ていたので、俺もゆったりしていたのだが、考えてみれば、妻は今日は休みだったと思い出した。
会社まで1時間はかかる。とりあえず慌てて着替えて、玄関のドアを開けた。
するとそこはいつもの会社のオフィスだった。まだ誰もきていない。瞬間移動をした。ただ驚いて、振り返ってドアを開けてみたら、いつもの会社の前のPタイル貼りの通路であった。
その日一日、この不思議な現象について考えてみたが、結論は出ない。会社のドアを何回出入りしても何の変化もない。
あの時間帯だけ会社と繋がっているのかもしれない。あの時間には普通家には誰もいないことが多いので、今まで気づかなかったのだろう。俺はそう仮説を立ててみた。
それを立証するために、家に帰り、他の時間帯でも会社にいけるかどうか、実験してみた。すると時間とは関係なく、会社をイメージしてドアを開ければ、会社に行き着き、たとえば図書館などをイメージしたら、図書館に行き着くことがわかった。
思い切ってアメリカのニューヨーク5番街をイメージしたら、果たして、イメージ通り5番街にいけることがわかった。ただ用心しなければいけないことは、一歩向こう側に足を踏み入れると、戻っては来れないということだった。最初に会社に着いた時にそれは学習した。5番街でパスポートも持たずに、一人ぼっちでいたら、大変なことになる。
パンパカパンパンパ~ン♬ どこでもドア!
まさにこれは俺だけのどこでもドアだった。ただ一方通行なだけ不便ではあるが、近場にいくなら便利でいい。
朝はギリギリまで寝ていられる。
「遅刻するんじゃないの」
妻に怪しまれたので、教えてやることにした。流石に妻は驚いたが、
「これを使えば、遠くにだって遊びにいけるわね」
といったから、一方通行であることをいうと、
「帰りは飛行機か電車で帰ればいいのよ。半額でいける計算になるじゃない」と答えた。
いわれてみればそうだ。沖縄でも北海道でも半額でいける。それ以来2人が休みの日にはどこかへ遊びに行く計画を立てた。
なるべく帰りに無理がないところを選ぶことにした。もし沖縄や北海道にいっても、帰りの飛行機が飛ばないということもありうるからだ。基本的には電車でいけるところにした。
九州や東北なら新幹線で戻ってこれる。どうせなら行ったことのない所に行きたい。
「桜島に行きたい」
妻がいった。そうだな、俺も鹿児島にはいったことがなかったので、そうすることに決めた。帰りは新幹線がある。
2人が休みの日、朝早く旅行の準備をして、いざ桜島へ、とイメージしてドアを開けた。
開けたさきは桜島の火口のすぐ近くだった。失敗した。町をイメージしなければならなかったのだ。慌ててドアを閉めようとしたが、遅かった。丁度桜島が噴火を開始したところであった。
無数の溶岩がドアの向こうから入ってきて、俺たちを襲った。
それは世にも不思議な事件でした。玄関の土間に夫婦2人が全身に火傷を負って殺されていたのです。しかも遺体の回りには無数の岩石が。いったい誰が何のためにどうやって、岩石をここまで運んで、どうやって2人を死においやったのでしょう。・・・・・・ある刑事の独り言