死神(ショートショート)
人生100年時代。あの世では、人があまりこなくなって久しい。死神などは暇をもてあまして、死にそうな年寄りを見つけては、ついていき、あの世へ導いてやろうと企んでいるが、如何せん、寿命の蝋燭の炎がまだ赤々と燃えているため、どうにもできないでいる。
あの世ではあの世で、「ウチの婆さん、『すぐ私もお前さんのところへ、いくよ』なんていっておきながら、30年も生きながらえてやがるんだ」
「ウチの爺さんも、『すぐに後を追いかけるからな』なんていっておきながら、他の女に色目使って再婚しちまいやがってさあ」なんて話題で盛り上がっている。
「この前、夢枕に立って、いつこっちへ来るんだ、って聞いたら『勘弁しとくれよ、あたしゃ、まだまだ生きていたいよ。楽しいことがいっぱい有るからね』とあっけなくことわられちまったよ」
「お互い詮無い事ですなあ」
あの世のアパートも独居老人ばかりになって、しまいには、あの世でもまたロマンスが生まれたりする。
そんなこととはいざ知らず、現世の老人たちは壮年?老年?をこの世の春と楽しんでいる。
死神の1人が言った。
「どうやら死神の仕事がリストラされるらしいぞ」
「えー、どうなっちまうんだよ、俺たち」
「人数が多すぎるから、減らして、地獄の釜茹で地獄の火の番でもさせられるんじゃあないか」
「ばかいえ、そっちのほうも人が足りてらあ」
「じゃあ無職になっちまうのかい」
「ただの妖怪に成り下がっちゃうって事かい」
「そうだろうなあ」
死神たちも心配でたまらない。
ところがある日から、急に死神の仕事が大忙しになった。戦争がはじまったのである。老若男女、夥しい数の死人が、やってきた。
「なんだ、あいつ、まだ蝋燭が燃え尽きてもいない前に、火が消えてやがる」
「そんなやつばっかりだよ。戦争だからね」
死神たちはてんやわんやの大忙しだ。
一人の青年に死神が聞いた。
「あんたの寿命はまだ尽きちゃあいないよ。蝋燭の炎を点ければ、まだ元の世界へ戻れるよ。俺がこっそり火を点けてやろうか。まだまだ若いんだしやることもいっぱいあるだろう」
「そうですか、ありがとうございます。助かります」
そうして青年はこの世に戻った。だが幾日も経つことなく、またあの世に舞い戻ってきた。
「どうしたんだい、忘れ物かい」
見れば蝋燭は火は消え、ボロボロになっている。
「いえ、戻って元気になったら、また戦場へ行かされて、そこでまた銃撃に合い死にました」
「人間のすることは馬鹿げてるねえ」
死神はあきれながら、彼を、あの世のアパートの一室に案内すべく先頭に立って歩き出した。