運転
「夏休みに広島に帰るなら、車で送って行くよ」
といってくれたのは、ありがたいのだが、約束の時間になっても、いつまでもきやがらねえ。僕は車を廃車にして、今や徒歩でしか交通手段がなかったので(勿論新幹線はあるが)渡りに船だった。奴も広島で女の子と会う約束があるから、といっていた。そのついでにのっけてくれるとのことだったのである。
ここは卒業アルバム委員会の根城である写真スタジオの仕事場である。ここで結構寝泊まりして仕事をすることがあったので、大学4年生の頃はここに入りびたりであった。奴は車をこのスタジオの駐車場に置いたまま、飲みに出かけて、まだ戻ってこない。
明け方に女の子を連れて奴は戻ってきた。こんなことならしっかり寝とけばよかったのだが、僕は一睡もしていなかった。
聞けば、飲み屋で出会って意気投合して、ホテルにまでいって、いいことをして、明け方ここに帰ってきたらしい。何てやつだ。どうも我が大学の文科系のサークルの男どもはナンパな奴が多くてあきれる。
僕の所属するスポーツ編集局は体育会系なので、硬派が多く、純情な奴が多い。
いずれにせよ、奴はまだ酔っていた。とても車の運転などできるはずもない。そこで、僕に広島まで運転していってほしいというのだ。しかもついでに連れてきた女を香椎辺りで降ろして欲しい、とのことだ。
僕も一睡もしていなかったが、仕方なく了承した。女を香椎で降ろし、僕と奴は広島に向かった。学生なので、下の道、国道3号線から2号線をひたすら走ることになる。奴は助手席を倒して寝てしまった。
途中、渋滞が何度もあって、僕も睡魔に襲われたが、何とか頑張り、8時間ほどかけて、やっと我が実家に着いた。
奴は僕の家でシャワーを浴びて、そのまま広島の女のもとへ行ってしまった。
福岡ー広島間を車でこれまで何度も往復してきたけれど、この時ほど怖いと思ったことはなかった。何か半分寝たまま運転していたような気がする。よく事故に遭わなかったものだ。
37年前の夏の出来事だった。