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絵本(ショートショート)

「パパ、絵本読んで」
 4歳になる息子がパジャマを着て、寝る準備をすっかり整えた状態で、俺に向かってそういった。右手には「桃太郎」の絵本があった。
「パパは今、お酒を飲んで楽しんでいるところなんだ、ママに読んでもらいなさい」
「ママは今忙しいから、パパに読んでもらいなさいっていってた」
 ちくしょう。仕方がない。読んでやるか。
「じゃあ布団に行こう」
 俺と息子は布団に腹ばいになって、桃太郎の本を立てて、読みだした。
「むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」
「あるところってどこ?」
「岡山県だな。桃太郎は」
 俺は即答した。息子は岡山県がどこにあるかどうか知らないくせに「ふーん」といった。
「おじいさんは、やまに、しばかりに、おばあさんは・・・」
「しばかりってなあに」
「しばを刈るんだよ」
「わかんないや。しばって何」
 俺はここで固まってしまった。まさか芝ではあるまい。俺はゴルフ場をイメージした。おじいさんはゴルフ場に雇われていたのだろうか。俺はスマートフォンを持ってきてググった。芝じゃなくて柴だった。
「つまり山に落ちている、木の切れ端だな。風呂を沸かしたり、調理するのに、火を起こしたりするためのものだ」
「電気やガスはないの」
「昔だからないんだよ」
「貧乏だったんだね」
「そうだね」
 俺は適当に返事をして話を続けた。
「おばあさんは川へ洗濯にいきました」
「洗濯機はないの」
「昔だからね。電気もないしね。貧乏だからね」
 俺は早く終わって酒を飲みたかった。そのため、やや急いだ。
「川の水質は大丈夫なの?上流で誰かおしっこかなんかしてないの」
「してない。昔だから川も綺麗だったんだ」
「そうなんだ。心配だなあ」
 俺は構わず話を続けた。
「おばあさんが川で洗濯をしていると上流から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきました」
「ほら、桃が流れてくるくらいだから、猿がおしっこしたり、イノシシが体を洗ったりしていても不思議じゃないよ。水質が心配だなあ」
「物語だからね」
「お婆さんは桃を川から拾い上げ、家へ持って帰りました」
 そこまで読んだら、息子はいつの間にか眠っていた。水質がどうのこうのとか、どこで学習してきたのか、生意気な奴だが、寝顔は可愛い。無邪気なもんだ。俺はそっと布団を掛けてやり、その場を離れた。
 やっと解放されて、焼酎のお湯割りを飲み始めた。すると妻が、
「そのお湯、ミネラルウオーター?」
 と聞いたので、水道水を沸かしたものだと答えると、
「ここの水道水、水質が悪いのよね。沸かしてるからいいとは思うけど、ちょっといいい浄水器を買いましょうよ。子供もいるし、不安だわ」
 こいつが犯人か、そうだろうなあ、俺は納得した。

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