生と死の狭間で①

「死のっかな」と、響子は言った。
唐突に言われた達也は「え?」と返した。
「死のうかなって」と、また響子は言う。
驚く達也を他所に、響子はどこを見るともなく
虚な目をしながら深呼吸。大きな一息を吐く。


響子と達也が出会ったのは、昨年の10月。
まだ暑さが残る初秋、人恋しくなるには
早い時期であったが出逢い系バーラウンジで
女ともだちと来ていた響子の前に颯爽と現れた達也。
バツイチながら、見た目も中身もイケている。

アラフォーの響子は結婚相手を探しており。
中途半端な恋はもういいかな、と思っていたが
大好きな俳優に似ていた達也にその日のうちに
「付き合おっか」と告られて悩んだ末に
響子は「私でよければ」と返事をした。

仕事終わりに毎日電話をくれる、達也。
幸せな日々。しかし、それも長くは続かなかった。
土日は連絡が付かない達也。理由はジム。
「土日はジムに行って実家でゆっくりする」
ストイック過ぎるルーティンにモヤモヤが残るも
「わかった」と、返事をする響子。

初めてのクリスマスは、何もなし。
別に欲しいものないし、ケーキくらい
一緒に食べられればそれでよかった。
「何か欲しい物ある?」と訊く響子に
「そういうのやめよ?」と言う達也。

「そういうのって何?どういうこと?」
と、響子は思うが、口には出さなかった。
「実は結婚している?既婚者?」と疑うも
クリスマス当日は、日曜日に関わらず
「今から車のタイヤ交換にミナミに。
 用事があるなら梅田まで送ろうか?」と
自宅付近までお迎えからの謎のドライブデート。

初めての誕生日も、何もなし。
「響子さん誕生日おめでとう」
「今度ごちそうするね」とメールが来ただけ。
それでも響子は全然よかった。達也が
傍にいる。孤独じゃないだけ幸せだった。

響子は、我慢強い女だ。
ワガママも言わず、空気を読み、
相手の欲しい言葉、欲しい空間を造る。
達也もそういう響子に甘えていた。
時に感情を揺さぶり、響子を試した。

達也は20代に結婚した女性が居た。
たった3年間の夫婦生活であったが
子どもが出来ず調停裁判を経て、離婚。
それが後の達也の恋愛観に影を落とした。
元より達也は遊び人。クラブでワンナイト。
ナンパをしては一晩を過ごす相手を探す。

そんな生活をしていたから、年に一度
性病検査をしている。ゴムをつけずに快楽と
その場の雰囲気で流れに乗って行為を楽しむ。
でも、彼女になる人とはゴムを必ず着けてする。
で、時に20歳程離れた彼女が出来ることもあった。
「2人目の彼氏で結婚したがる彼女。1年待ってって
言ったらフラれた」「別に結婚してもよかったん」。
かと言う一方、美人な人妻にハマることもあった。

ダブル不倫をしている、その人妻は
「旦那の不倫相手のところに殴り込み行こかな」と。
「自分もしてるのにやめときっ」と人妻を宥める達也。
「もう俺んとこ来いよ」と、人妻に言うも
「子どもが大事だから」と断られて不貞腐れる達也。

本気の恋に疲れて、人妻から離れた達也は
その後もクラブや出会い系に行って女性を漁る。
そんな達也に運悪く引っかかった響子。響子は
赤裸々に過去や性病検査の話をする達也に若干ドン引き。
するも、そんな達也でも響子にとっては大切だった。

響子は、仕事にも人間関係にも疲れていたから
嘘でも紛い物でも甘い言葉を囁き時には励まし
ずっと変わらず傍に居てくれる人が必要だった。
嘘と現実を織り交ぜる達也に混乱はさせられるも
今までみて来た人たちに比べたらマシだった。

何より顔が響子のドタイプだったから許せた。
大好きな俳優Sに似ている達也は、会えるS。
どうせ紛い物なら、それで充分だった。
お互いWin-Winな関係。だったが達也が
またしても響子を試す。

響子は、前述した通り、我慢強い女だ。
自分でお店を経営していたこともあり、また
接客業も長く生まれながらにしても察する力に
長けていた。それが時にアダとなり。

「今までありがとう」と、達也に言う響子。
「もう連絡して来ないでってこと?」という達也。
自分から離れさせようとして散々冷たくしておいて
この男は何を言っているんだろう?と思う響子。
「やっぱり、ともだちでいよ?」と言う達也。

達也は、自分が思うように動く典型的なB型。
響子も人によってB型に見られることがあるが
細かなことが気になる、時にO型のバリバリA型。
普段は男を立てるが、女気ある響子は、本来は
曲がったことやグレーなことが、大嫌い。

人生はイエスかノー。するか、しないか。
行くか、行かないか。ハッキリしないのは嫌だ。
そんな響子、達也にも似たところがあった。
「やるか、やらないか。なら、やる人生でしょ」
そう言う達也を響子はいいな、と思った。

達也も響子と話す時間が、心地よく。
「響子さんの声、大好き。これホント!」と。
疲れたと言っては、仕事帰りにほぼ毎日電話。
「別れたはずなのにおかしいね」と言う達也。
お前が言うな、と心の中でツッコむ響子。


冒頭のやり取りは、達也が響子から離れようとして
響子が達也に別れを告げてから、別れたんなら
「達也にもう気を遣わなくていいか」と本音を
曝け出したところであった。これが本当の響子。
優しくて思いやりがあって気の利く響子は紛い物。
演じるのは辞めようと、仮面を外した響子。

響子は、死にたい女だった。
絶望を何度となく味わい。死にたいから、死にそう。
死にそうから、死のうか。うん、死のう。
そういう考えから離れられないアラフォーだった。

響子は美人ではない。可愛くもない。
でも、モテる女であった。モテるのかヤレる女か。
いや、ヤッていない男たちもいるからどうだか。
とかく愛嬌があり、弁護士から教授、経営者
大型大家、投資家、詐欺師、コンサル、保険屋
超大手の社員を筆頭にサラリーマンなどなど
色んな職種の、色んな男性と出会っている。

下は20代から、上は60代まで。
付き合った人もいれば、お試しした人も。
お試しならず1回のデートで終わる人も居れば
2回目、3回目のデートで終わる人もそれぞれ。
手を繋ぐことなく食事だけの人も居れば
激しい夜を重ねた人も居た。

年収で言えば、上は3,000万クラス。
とりとめ、何も買って貰ったものはない。
1回食事しただけで手も繋いでいない人から
何故かヴァンクリーフの店の前で待ち合わせ
31万程の指輪を無理やり買い与えられたくらい。

その人は、当時マクラーレンを3台保持。
その人とも3回目には性格合わず、サヨナラ。
「ハリーウィンストンを買ってくれた人と結婚する」
元より身売り婚活していた響子はハリーを所望。
響子は、指輪を返そうとしたが、相手が受け取らず
指輪は誕生日プレゼントとして貰うことに。

嫌いなものは嫌いと、バッサリな響子。
でも、タイプには弱い。で、達也を切りきれず。
当初より「結婚したい」という響子なのに
「結婚したくない」という達也は、ズルい奴。
「響子さんと結婚したいと思わせて」と散々
結婚を匂わせていたが、結局「結婚はしない」と。

「次の人が出来るまで俺keepでいいよ?」
「軽い感じでいいなら、響子さんでいい。」と達也。
「響子さんでいい?で、いい?って」と響子は
またもや心の中で1人ツッコむのであった。

「響子さんでいい。」ではなく「響子がいい。」
私を選んでくれる人とやっぱり居たいよね、と。
たまに言葉選びを間違える達也は残念だな、と響子。
毎日仕事終わりにお酒を飲む達也は、二重人格なのか
時々別人かと思うほど自分の言ったことを覚えて居ない。

「映画好き?今度観に行こう!」
「初詣一緒にいこっ?」「ごちそうする!」
しようと言ってくるのは、いつも達也だった。
が、それでもそれを実行しないのも達也だ。

響子は、有言実行タイプ。言ったらやる派。
言ったクセに実行しないのは、許せない響子。
達也といると楽しいよりも、モヤモヤが募る。
それでもまぁ慣れとはすごいもので半年以上
一緒に居ると「あー、また言ってるよ」と
聴き流せるようになるのもまた事実。

社交辞令なんだと理解すれば腹も立たない。
お盛んな達也もタイプではない響子には息子が
立たない。ので、付き合っていたときもさほど
ホテルに行くことはなかった。そもそも
タイプじゃないのに、何故告ったのか。
一度でもヤレればよかったのか?

「響子さんがこんなにいい人だと知っていたら
 あの時付き合おうって言わなかった」と達也。
「付き合おうって言ったこと後悔してる」と
 何度目かのデートで響子は達也に言われた。
一体コイツは何なのか。人を馬鹿にしているのか?

顔がよくなかったらたぶん許せないだろうな、と
顔がいいと許せるんだと響子は達也から学んだ。
昔、同棲していた彼が言っていた「可愛いは正義」。
その言葉を響子は思い出しながら「カッコいいも
正義だな」と。

そんな達也に出会って死にたいモードが加速。
氷河期時代に就職を逃して、色んな職を転々と。
もちろん正社員にもなれた。夢を追って実現。
一国一城の主人にもなれた。

が、女性としての幸せはそれでいいのかと、
どんどん結婚して行く周りや親に急かされ
一緒に居れるだけで幸せだった同棲相手との
結婚を考えたところから、人生真っ逆さま。

「結婚は出来ない」と1つ下の彼との同棲解消から
7歳歳下の彼と結婚を前提に付き合うもその彼も
「仕事に専念したいから結婚出来ない」が続き
下がダメなら上を、と、10個離れた大型大家篤と
付き合うも離婚調停中という、意味のわからぬ
最低野郎と無駄に1年を過ごすことになるという。

篤は「騙したわけじゃない。離婚調停中って
言ったら、響子と付き合えなかったでしょ?」と。
「言わなかっただけ」という篤。いやダメでしょ。
奥さんと別居が数年あったことと付き合っている間に
離婚が成立。したが、不信感は拭えなかった。
篤も嘘と本当を混ぜて、話す男だった。

こうして、男運のない響子が誕生。
もちろん、響子のことをいい。響子を好きだって
言ってくれる男性もたくさん居た。が、響子は
何故か振り向かなかった。響子は響子が選んだ人と
一緒になりたかったからだ。選ばれてではなく
選んだ人と共に歩む人生を望んだのであった。


響子は、昔から変態•変質者に好かれた。
記憶にあるのは幼稚園にあがる前から始まる。
家の下で1人で遊んでいたら、知らない男性に
道を訊かれて、去り際に、抱き付かれた。
裏で洗濯をしていた母に言うと「叫ばないと」と
怒られて、自分が何か悪いことをした気になった。

その後、小学生にあがると、人工波が作られる
市営プールで1人泳いでいると後ろから見知らぬ男性に
抱き抱えられ全身を触られる。中学生になると、道端で
原付で横を通り越す際に、お尻を触って行かれる。

高校生になると、道すがらお爺ちゃんに「チューしよ」
と、呼び止められ、大学生になると通学の電車では
毎日のように痴漢に遭い、バイト先では、駐輪場で
後ろからスカート中に手を入れられる。

響子の不運は、同棲中は止まるも就職してからも続き
何をトチ狂ったのか3年ほど勤めた勤務先の社長には
「わしの愛人にならんか」と。勿論なるわけがない。

次に紹介で入った会社では自分の身には何もなかったが
社長の息子を含め不倫している社員が3名。それに
不満を唱えたり、面白おかしく話す社員が2名。
加えて、会社への不平不満•社長への積年の恨みつらみ
上司や同僚が「使えねー」「あいつは仕事が出来ない」と
勤務中ずーっと悪口を言う女性が1名。

それもその人たちがいる時には笑顔で甘えた声で
「社長🩷」「息子さんすごいです✨」と豹変。
陰であれだけボロクソに言っていたのが嘘かのよう
掌を返したように、まるで別人のごとく媚を売る。
二重人格か、と疑うような変わり様。さすが
元1,000万プレーヤー、トップ営業マン。感心する。
と、同時に「これって居ない時に私も言われてるのよね」
「人って怖いな」と心底思った響子。

響子は、我慢強い。我慢強く耐えようとして壊れた。
今まで出来たことが出来ない。階段の段差がわからない。
文字や数字が滑る。言われたことが聞き取れない。
耳鳴りが酷く、仕事にも差し障りが出てクビになり
傷病手当を受けることに。

完全なる鬱病。誰も信じれず、誰もが敵に。
知っているはずなのに今いる位置もわからない。
眠れない日々だと思ったら眠くて堪らない日々。
心療内科に通うも薬が合わなくて仮眠と不眠を繰り返し
死にそうな毎日に不安を抱え、必死にもがき苦しむ。

そんな毎日に1人でいることに不安を覚えた響子。
20代に行っていた相席ラウンジを思い出しこれを機に
リハビリ兼ねてまた相席ラウンジに行き出した響子だった。

相席ラウンジでは、色んな男女が居た。
年齢もさまざま。職業もさまざま。中には
アナウンサーも居たし、億り人も居た。
響子はここで信じられる人を探そうと思った。
人に傷付けられた傷は、人に癒して貰おうと。
それもまた後になってみたら間違いだった。

響子を癒せるのは、響子しか居ない。
人から受けた傷は、その傷付けた相手のもの。
違う人にどんなに優しくされようと決して
癒えることはないことに響子は気付かなかった。

傷付くのも傷付けられたと思うのも、所詮自分。
すべては自分に原因があったのだ。何も特別ではない。
人は勝手な生き物だ。自分本位に生きているだけ。
それに振り回されているのは響子が弱いからだ。

響子は、4人兄姉の末っ子として生を受けた。
甘やかされた記憶はないが、過保護な母親を待ち
やはり守られて育って来たのだろう。考えが甘い。
そして、打たれ弱い。頭もさしてよくはない。むしろ悪い。

だが、先天的に勘が鋭く、空気を読む力を持つ。
なので、東大卒の篤や、京大卒弁護士の修とも
楽しく過ごすことが出来た。理系の大学教授とは
合わないと思うこともあったが、2,000万クラスの
男性とも「一緒にいると楽しい」と言われる響子。

大抵の人と合わせるのが、得意な響子。
合わない人は同族嫌悪。か、感覚が違い過ぎる人。
なので、変にモテる。変な人にもモテる。
男性嫌いから人間不信を拗らせ、どんどん
結婚が遠のくアラフォー。

果たして本当に結婚したいか、も、分からない。
達也を捨ててアラフィフ年収1,500万の敏朗と結婚。
しようともしたが。好きになれるところが見当たらない。
条件だけで結婚するつもりが響子をなぜか止まらせた。

敏朗は、本業、講師をしている。
彼女が居たことはあるが一度も結婚したことがなく
「他人の子どもに教えているが自分の子どもに
 時間もお金も使いたい。子ども課金したい。」
講師業だけでなく、ソフト開発や株の運用もしており
「あとは結婚して子を持つ事。有り余る貯めたお金を
 自分の子どもに注ぎ込みたい」と敏朗。

海外生活が長く、日本に帰国した敏朗。
車の運転が久しいので友人に何の車がいいか訊いたところ
「修理費が高いからみんな避けてくれる」とのことで
ベンツのEクラスを勧められて購入。

「ベンツEクラスも中古だとそんなにしない」と敏朗。
そんな敏朗の運転はドン引きするくらいメチャクチャ下手くそ。
黄色の線を越えてから車線変更。ウインカーは右折左折直前。
青信号で渡ってくる自転車を轢きそうになるという具合。

一本道、ほぼ直線上1時間ほどの距離を、ナビがそちらを
指示しているからと何故かまったく違う方面へ。
「これはこれからの2人が困難を乗り越えられるか試練」
と言う敏朗。いやいや、試練ではなく我慢大会だと響子。

響子の経験上、どんなによい車に乗っていたとしても
運転が下手な人。運転が荒い人は合わないのを知っている。
一緒に居ても苦痛なだけ。なのは、身に染みている。

「10年くらいゆっくりしていいよ」と、いう敏朗。
誰かと愛を誓ったことがあるのが嫌でバツイチNGな響子。
バツイチでない敏朗が未婚でお金も持っていて響子や
響子との間に、もし子を授かれたら、課金をしたい
子育てもしたいと言う優良株に思えたものの…
命がいくつあっても足りないかも知らないな、と。
そんなこんなで、響子は敏朗からも離れることに。

ちなみに、出会い系アプリで出会った敏朗とは
4〜5度ほど会ったが手も繋いだこともなく結婚に
ついての考え方の話はすれど恋愛対象にすら難しく
そもそも付き合ってもいない。悪い人ではないが
ナチュラルに人をイラっとさせるタイプ。のせいか
最初は普通だったが会えば会うほどkissはおろか
触れらることすら嫌かも、と思ってしまった響子。

結局、生きるためには己の力で生きるしかなく。
傷病手当も終わり、失業保険もまもなく終了する中で
就活もしつつ。内定を貰ったところで落ち着くことに。
今度は、ブラックでないことを願うがすでにグレー。

響子は、明日をも知れぬ今日をただひたすら、明日こそ
この鬱蒼とした世界から抜け出せますように、と
祈りながら眠りに着くのであった。

                つづく




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