第十二話 『しらせ』
前回までのあらすじ
二月、早く咲いた水仙は枯れながら香気を放ち冷気にメラレウカが弱っていた。蕗の薹を収穫し食した。
第十二話 『しらせ』
長袖や半袖、コートやマフラーが入れ替わり立ち替わりに出入りし、都心のターミナルように慌ただしい春。ぼうぼうの庭にも開花の季節が訪れていた。
自分で植えたわけではないものが多い故に、芽を出しただけではどなたか存じ上げなかった植物があちらこちらで花を咲かせる。ああ君でしたかというものもあれば、いまだに見知らぬ方々もある。
かつて草や転がった鉢の満載だった場所を整理し、周りに生い茂った草木を刈ると姿を見せた蘭。自らを取り戻したように急速に色気を放ち咲いた。花も良いが枯れた葉にも目を奪う色彩がある。
この上の赤紫の方は鉢を整理した際に隅っこにまとめておいたものなのだが、どうもその場所が好きらしく葉が生き生きとした色を見せていたのでそのまま放置気味にしてあった。どうやら本当にここが気に入っているようで、手をかけてもいないのに春になり蕾をみせてくれた。人も花も気分の良い場所であれば放っておいても咲くのだ。
クローバーや他の草に覆われた鉢からいつの間にか芽を伸ばし薄紫の可愛らしい花を咲かせたあなたはシラー・ビフォリア(?)というのだろうか。シラーという響きは濃厚な赤ワインの葡萄品種を思い出させるけれど君とは関係はないだろうね。あちらはわかりやすくパンチが強いもの。
この庭を手入れするようになりハナニラの美しさに気付かされた。彼らはおとずれる時刻で色を変えているのではないかとさえ疑いを抱かせる、微妙な薄い夕暮れの紫を持っていて、早や夕にそれがはっきりと光る。まるで闇夜からの出生であると宣言するように。堕ちた星屑が土に出会い発光する。
今までもそこにあったはずのものが、ある時を堺に別の姿を見せる。聞き馴染んだ音楽が別の曲に聞こえる。雑音が共鳴に感じられ、絵や写真がこれまでとは異なることを囁き始める。彼や彼女たちがそっと、変わらずにあり続けることで、内向的なものの中に満開の彩りを知る。
第十二話 終わり(2023/04/08)