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節目を迎えいま伝えたいこと
こんにちは!りょうです。
2024年3月11日。
誕生日を迎え36歳になりました。
18歳で秋田を離れあっという間に18年。
親元で生きてきた年数と同じだけ東京で生きてきた節目となる2024年の本日。
きちんと言葉にして残しておきたいことがあり、noteを書いています。
※ちなみにこのnoteを書き始めているのは3/4の深夜。ちゃんと最後まで書けるかな
拙いながらも一生懸命言葉を紡いだので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
突然ですが…
ボクはゲイです。
びっくりさせてしまったらごめんなさい。
自覚したのは中学生ぐらい。
恋愛対象としてハッキリしていたというより
も、何となく女性よりも男性の方が興味があるなぐらいの感じでした。
でも、自分にとってそれは異常なことで、もし男の人に興味を持ったまま大人になったら、普通に生きていくことは出来ないのではないかと漠然とした不安も同時に感じていました。
誰にも打ち明けることが出来なかったので、頼れるのはインターネットだけ。
家のパソコンで
「同性愛 治る」
と恐る恐る検索。
「同性愛は病気ではないため治療できません。」
身体から一気に血の気が引いていくのがわかりました。
当時は今ほど理解は進んでおらず、同性が好きであることは笑いの対象であったり身近に存在しないものとして扱われていたように思います。
自分がそんなものと同じだったら、生きていけるわけがない。
いつか「普通」になれるはず。
と自分を納得させ、見なかったことにしました。
それから数年。
初めて人のことを好きになりました。
相手は男性。
やっぱりか…と自分の中で
疑惑から確信に変わった瞬間。
好きになったことに気付いた時、
どうしたらよいか分かりませんでした。
自分の気持ちを相手に伝えて拒絶されたら…。
気持ち悪がられるのが怖いから好きだということが伝わらないようにしないといけない。でも一緒にいたい。話したい。
そんな想いを内側に秘めながら、誰にも相談できずにいました。
このどうしようもできない気持ちを
当時はスピッツを聴きながら秋田の日本海沿いや多摩川沿いを自転車で爆走することで何とか収めていました。
特に聴いていたアルバム。中でも「Y」が一番沁みました。
ハチミツ | SPITZ OFFICIAL WEB SITE (spitz-web.com)
やがて君は鳥になる ボロボロの約束胸に抱いて
風に揺れる麦 優しい日の思い出 かみしめながら
つぎはぎのミラージュ 大切な約束 胸に抱いて
悲しいこともある だけど夢は続く 目をふせないで舞い降りる 夜明けまで
マサムネさんがボクに大丈夫だよと声をかけてくれているような気がして
何とか日々を過ごしていたように思います。
一人で考えてしまう時間をなるべく作りたくなかったのでとにかく忙しくしていたし、自分の深い部分に他の人が入り込みそうだったら一定の距離を置きました。
でも、周りの友達に彼女や彼氏が出来る度に
独りぼっちで置いて行かれているような寂しさも感じていました。
就職活動がスタートした頃。
人生をしあわせにするためには仕事で成功するしかないと考え始めます。
運良く何社かに内定をもらい、最終的にご縁があって今の会社に就職することになったのですが、働き始めてみたら、自分よりも優秀な同期だらけだったし、何よりも仕事で成功するという野心があまりにも自分にはなさ過ぎて笑、現実的ではないことに気が付きました。
そして、毎日会社と家を行き来する変わり映えのない生活を送る中で
本当にこのままで良いのか?
一生この人生が続いたらどうなってしまうのだろう?と毎日考えていました。
やはり行きつくのは、好きになった人と一緒に過ごしてみたいということ。
一方で、当時は自分自身をゲイだと認めることができなかったのでゲイという文字を書くことや打ち込むことすらも嫌悪感を抱いていたし、自分をゲイだと認めてしまったら取返しのつかない世界に足を踏み入れて後戻りができなくなってしまうと思っていました。
そんな中で、夜な夜な見ていたのは、ゲイの日本人が遠く海外で暮らすゲイの恋人への想いをつづるブログ。
憧れを感じたし、こんな人生を手に入れることができたらどんなにしあわせなんだろうと想像していました。
顔の見えない誰かだけど、自分と同じ人がいると思うと何だか生きていても良いように思えました。
インターネット上でゲイの日常をリサーチする日々を送る中、一つのブログと出会います。
顔と本名を出してカミングアウトしている人がいました。
今でこそ日本でもカミングアウトをする人は増えてきましたが、当時「普通」に社会生活を営んでいる所謂「普通」の人がカミングアウトをしているのを見たことがありませんでした。
そのブログに綴られた一つひとつが自分の気持ちを代弁しているようで読みながら自然に涙が出てきました。
そして読み終わったときに、今何か動き出さないと一生このままかわらないと、何かに突き動かされるように勇気を出しFacebookでメッセージを送ります。
とても恥ずかしいけどほぼほぼ原文のまま掲載。
突然のメッセージ失礼いたします。
先日○○さんのブログを拝見させていただき、
何とか勇気を振り絞りこちらにメッセージをお送りさせていただきました。
私は周りの誰にもカミングアウトの出来ていないゲイです。自分がゲイであることに気付きずっとゲイであることを隠し続けながら毎日生きています。 今まで本当の自分自身を隠し騙しながら毎日を過ごしてきましたがそろそろ限界を感じてきました。友人の前では話を合わせ気丈に振舞っていますがいつも孤独を感じ、離れて暮らす両親や家族に会うときは申し訳なさや本当のことをいえない苦しさを感じています。
今まで出会ってきた人のことが大好きですし、ありのままの自分の姿を受け入れて欲しいと思っているのですがなかなか自分をさらけ出すことが出来ません。
しかしこのままではいつまでも現状は変わらないと思い行動しようと決意しました。 そんな中見つけたのが○○さんのカミングアウトでした。
私と同じ悩みを抱えながらも堂々と綴られているひとつひとつの言葉に心を打たれました。そしてこうして悩んでいるのは自分だけではないのだと改めて思いました。
ゲイである自分を恥じることなく堂々と生きている姿は本当に素敵です。 私はまだまだゲイである自分をオープンにすることは出来ませんが、少しずつ裏表のない自分に近づくために一歩を踏み出したいと考えています。
そこでまずは自分と同じゲイの方々と知り合うことが出来たらと考えているのですがなかなか良い方法が見つかりません。
どこかゲイの方と知り合いお話することの出来る場所をご存知でしょうか? 本当は○○さんご自身と是非お会いしお話させていただきたのですが、ご多忙でいらっしゃると思いますので、何かアドバイスをいただければ幸いです。
突然見ず知らずの人間から長々と一方的にメッセージが送られ、大変ご迷惑かと思いますが、ご返信いただけると幸いです。気長にお待ちしております。 最後までお読みいただきありがとうございました。
我ながら今振り返ると相当ずうずうしいなあと思うのですが笑、当時は必死だったんでしょう。
きっと返ってこないだろうと思っていましたが、
まさかの「会いましょう」の返答。
初めてちゃんと自分をゲイであることを明かしたうえで同じゲイである人と話しました。
この出来事を皮切りに一気に人生が変わっていきます。
初めて彼氏ができて、とんでもないメンヘラになってみたり
誰もいない夜道でこっそり手をつないでみたり
本当に何でもないことかもしれないけど、自分にとってはどれも現実に叶えられなかったことばかりで、生きるってこんなに楽しいことなんだとしあわせを噛みしめていました。
これまで抑圧していた様々な気持ちが噴出して
こんな感情もあるんだと驚きましたし、
ありのままの自分でいられたからこそ、月並みな表現だけど、モノクロだった世界がカラーになっていったように感じます。
その後は、長くお付き合いできるパートナーもでき、ゲイであることは日常になっていきます。
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2023年春。
私生活も仕事も安定し始めて順風満帆に思えましたが、
何か引っ掛かり続けるモヤモヤを漠然と感じていました。
そんな中、当時通っていたコーチングスクール(THE COACH ICP™︎)で、コーチとしての本質的な変容に向き合うために課された「未完了の完了」。
未完了とは、やろうと思っているけど出来ていないことや過去から今に至るまで引きずってしまっていることです。
約30個の未完了を挙げたのですが、共通しているのは大きく2点でした。
①自分に嘘をつかないでありのままでいること
②積極的に自己開示していくこと
一番大きな未完了は自分がゲイであることをオープンにできていないこと。
一部の人には自分がゲイであることを明かしていましたが、身近な人には殆どカミングアウトしていませんでした。
公にカミングアウトをしなくても生きていけるけど、日常の中で小さな嘘を付き続けることに限界を感じていましたし、いつも誰かから大切な話を打ち明けられる度に、自分は一番大切な部分を話せていないと後ろめたさを感じていました。特に家族。
未完了と向き合うことを通してボクのカミングアウトが動き始めます。
まず初めに同じコーチングのコースを受けている同期に打ち明け始めました。
その後、同期からの後押しを受け
コーチングスクールのコミュニティ内で自分がゲイであることを明かしたうえでクライアントを募集しました。
その行動に共感してくれた方が何人かセッションを申し込んでくれました。
自分の秘密を開示することが誰かの心に響いて、自分に返ってくる温かさも感じました。
この頃から、自分周りにいる仲の良い人たちにも少しずつカミングアウトを始めます。
ボクの場合は幸運なことに誰からも拒絶されることなく、好意的に受け取ってもらえて、労いの言葉を送ってくれる場合がほとんどでした。
時に自分のことのように涙を流してくれる人もいて、カミングアウトをするたびに、返ってくる愛情に満たされていきました。
カミングアウトを進めていく中、長年付き合っていたパートナーと向き合い話し合うタイミングがあり、自分の胸の内にしまっていた気持ちを伝えました。(伝わらないと勝手に決めつけてあきらめていたこと等)
でも、その時には既に付き合い続けるには難しいタイミングが来ていて、残念ながら別れを選択。
そして、もっと早くちゃんと自分の気持ちを伝えていたら別れるという結末にならなかったのではないかと後悔。翌日通勤中の電車内で号泣する始末。
思っていることを相手に伝えずにもしもその人が死んでしまったら、一生後悔するかもしれない。
そう思ったら、ずっと避け続けていた「両親へカミングアウト」は今すぐにやらなければいけない使命だと感じました。
ちょうど数週間後、たまたま実家に帰ることになっていたので、そのタイミングでちゃんと話そうと覚悟を決めました。
たまたま数年ぶりに帰省しようと思っていただけなのに、とんでもないミラクル。
東京に戻る前日の夜に話すことを決意。
いざそのタイミングが来ると、まだ話さなくてもいいんじゃないかと悩み始めたりもしました。でもこういう時って、必要なタイミングできっかけが訪れるのですよね。
なぜか父が結婚についてどう考えているのか数年ぶりに聞いてきました。
もうこれは言うしかない。
「結婚はしない。男の人が好きだから。」
とはっきり両親に伝えました。
一瞬の間と戸惑う父。
そんな中母が、
「ふーん。そうだったんだ。」
さらりと一言。
その一言をきっかけに
ずっと前から男の人が好きだったこと。
長く一緒に過ごしたパートナーがいたこと。
昔は悩んだけど今はしあわせに生きていること。
本当は話したかったけどなかなか打ち明けられなかったこと。
全部話しました。
両親はずっと黙って聴いてくれて、
「遼が男の人を好きだと分かっても、遼が遼であることは何も変わらない。」
と言ってくれました。
その瞬間、体の力が抜けて、これまで背負ってきた何かが肩から降りていく感覚。両親の前でようやくありのままの自分でいられることができました。
その後は、「きのう何食べた?で言うとシロさんなの?ケンジなの?」
など興味津々に質問攻めする父に飽き飽きする母を見ながらニヤニヤ。
ああこの家に生まれてきてよかったなあと心の底からしあわせを感じました。
年末年始には兄弟含む家族みんなに伝えて、もう自分が自分でいることの覚悟ができたので、noteを通してカミングアウトすることを決めました。
実は自分の弱さからゲイであることを隠して傷付けてしまった人もたくさんいます。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
まだ直接伝えられていない人にはちゃんと機会を設けてお話ししたいと思います。
こうやってnoteでカミングアウトすることが本当に良かったことなのかは分かりません。
でも、自分の一歩が誰かの一歩につながったらと願っています。
どんな人にも他人には言えないことのひとつはあると思います。
ボクのように必ずしもオープンにする必要はないと思いますが、
1人で抱え込むのが辛くなったらいつでもお声がけください。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
そしてこのカミングアウトに至るまでずっとそばにいてくれた方々に感謝です。ボクはいつも素敵な人達に囲まれて助けてもらえてしあわせ者です。本当にいつもありがとう。
一人でも多くの人が自分らしさを体現して生きられますように!
2024年3月11日
田口 遼
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※追記
コーチングもやってます。ご興味あればぜひご連絡ください。