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小説・ダチョウエビのビスク

「ダチョウエビ、それは地中海の奥深く、5000m付近にしか存在していません。海老にしては柔らかすぎる身は脂肪分が多く、とても美味と言えるものではありませんでした。一方でその殻は濃厚な琥珀色に輝き美しかったため、漁師の妻は工芸品に加工して残ったぶよぶよな身は海に捨てていました。しかしビエキス・マダムさんによりダチョウエビの歴史は大きく変わります。甘みのある脂っ気は料理の隠し味、とりわけスープにするとこれほどなく溶け合あい絶妙なハーモニーを生み出したのです。マダムの作ったダチョウエビのビスクはたちまち話題になり、ダチョウエビは今では世界的高級食材までに格上げされました。すてきエビね!」

エビのぬいぐるみをムニムニしているリポーターが印象に残っている。出てきたダチョウエビのビスクをスプーンですくいながら昼下がりのTV番組を思い出した。

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「まあだから、高級食材ってのは結局そんなにおいしくないのよ。私達みたいな庶民的舌には低俗的な物のほうが感じやすいってもの」
金持ちの気持ちなんてわからないわ。彼女は引きずるようなハリのある声でそう続けた。確かに冷え切った公園のベンチで飲むエビのビスク缶はこの上なく美味だった。低俗的というより高級な店内が合わなかったのかもしれない。

「そもそもスープは‘‘メイン‘‘じゃないのよ?他はどうだったの?」

「デザートのソルベと肉料理はこの上ない位とにかく美味かったけどなあ。でもさ、スープって最初に出てくる物だろ。そしたらコースの顔みたいな物じゃん、ほとんど‘‘メイン‘‘だよ。サラダもパイナップルとか変なフルーツの味でよくわかんなかったし。」

そう…前菜の担当シェフが迷走してるのかもね。彼女は少し笑いながら人差し指を空中でぐるりと空回しする。
「あとは期待しすぎね。こんだけお金払ったから絶対に美味なんてことないんだから。そりゃあシェフの腕代もあるけれど材料費だって店の維持費だってあるしね」
そうか、期待し過ぎたのか。でも5000円もしたらダチョウエビを期待するなって方が残酷だろ。随分と店の肩を持つなと思い不貞腐れた反応をすると、彼女は少し焦った顔をしたが直ぐに‘‘数秒前‘‘の顔に戻った。


「それかあなたは舌が肥えすぎなのよ。いつもビスクばかり飲むじゃない」彼女はそう言いながらエビのビスク渡してきた。いつのまに2本目を買ってきたのだろうか。

「それはそうかもなぁ、ありがとう」  

あら、奢りじゃないわよ後で何か頂戴ねっと言いニコニコしていた。
恐らく明日のデザートでも奢らせる気だろう。彼女は嘘をつかない。

「2本目かあ…」押し売りではあるが、今の彼女の優しさは嬉しかった。2本目のビスク缶を開けたところで香ばしいエビの匂いについ声が漏れてしまった。

「でもさ、やっぱり美味しいダチョウエビを飲みたかった」

「あんたそれ今飲むの!?」

~終~


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