短編小説『ねこマジシャンのイリュージョンショー』
ねこマジシャンのイリュージョンショー
ねこのマジシャンがトランプのカードを切っている。
しゃっしゃっしゃっしゃ。じゃらららららら。
私はねこのマジシャンに指名されて、客席からステージにあげられた。
白い手と肉球を巧みに使ってカードを切っていくそのねこのマジシャンを見ながら、私は何故かモグワイのことを思い出していた。
モグワイ。
スコットランドはグラスゴー出身のポストロックバンド。
轟音が特徴のバンドで、私はモグワイが大好きで、通勤中に聞いたりしては泣きそうになってるんだけども、そのモグワイのことを何故か思い出していた。
なんでだろう。
しゃっしゃっしゃっしゃ。じゃららららら。って切られるカードの音を聞いてそう思ったのかな。
いや、違うと思う。
何がモグワイを思わせるのかわからないままねこのマジシャンは私に問いかける。
「一枚引いてくださいにゃ」
私はねこのマジシャンに言われるまま、山から一枚のトランプを引く。
「そのカードを見たら、観客の皆様にも見せてあげてくださいにゃ」
私は見る。ハートのキング。カードを観客にも見せると観客から「おお~」というわけのわからない歓声が少し聞こえる。
「では、そのカードに、このマジックペンであなたの名前をサインをしてくださいにゃ」
私は自分の名前を書く。
高村佐知子。ついでにニコニコ笑顔の絵も描いておく。ピース!
「ではカードを山札に戻してくださいにゃ」
山札に戻すと、ねこのマジシャンはまたカードをしゃっしゃっしゃっしゃ、じゃらららららと切っていく。
ねこのマジシャンがカードを切る手を止める。
「では、ここからがイリュージョンですにゃ。アシスタントカモン!」とねこのマジシャンが言うと、たぬきのアシスタントが出てきて、その手には赤色のポリタンク。
たぬきのアシスタントはテーブルの上にあるトランプの山に、だばだばだばばしゃばしゃばしゃ~とポリタンクに入った茶色い液体をかけていく。
私がえっえっ?と思っていると「お客さん!離れてくださいにゃ!」とねこのマジシャンにテーブルから離れるよう命令される。
私は「あっ、はい……」とテーブルから離れる。ねこのマジシャンもテーブルから離れる。たぬきのアシスタントはポリタンクを逆さにして振っている。どうやらポリタンクの中身は空になったみたいだ。
車にガソリンを入れている時にかぐような匂いがする。ってことはって思うけども、それだったらまずくない?。
「セカンドアシスタントカモン!」とねこのマジシャンが叫ぶと、遠くの客席から一人立ち上がる。それはバニーガールのアシスタントで、アーチェリーを構えている。その矢の先は火が燃えている。
バニーガールは火の付いた矢を放つ。
その瞬間、私はなんでさっきのトランプの時にモグワイのことを思っていたかを思い出す。
私は高校生の頃、好きだった人がいて、その人がトランプを切りながらモグワイの話をしていたのだった。
夕日が差し込む教室で、その人がトランプを切りながら「グラスゴー出身のポストロックバンドでさ~」って言ってて、その人から私は『Friend Of The Night』がいいよ~って聞かされる。
私はその帰り道にTSUTAYAに寄って『Friend Of The Night』が入っている『Mr.Beast』ってアルバムを借りる。
家に帰って、自分の部屋でそのアルバムを聞いてみるけども、今まで自分が聞いてきた音楽と違うからどういいかわからない。けども、好きな人が好きって言っているものをちゃんと知りたくて、私は『Mr.Beast』を、『Friend Of The Night』を聞き込む。
ある日の帰り道、自転車を漕ぎながら、夕方に染まっていく世界の中で『Friend Of The Night』を聞いて、突然私はわかったような気持ちになる。
そのことを好きだった人に伝えたいって思う。
その日の晩に、メールを送る。『Friend Of The Night』いいねって。
「そうでしょ!いいでしょ!」ってメールが返ってくる。
それが愛おしくて、私は思わず「好きです」ってメールを送ってしまう。
そしたらしばらく返事は返ってこなくて、何度も携帯を見て、しばらくした後に「ありがとう。気持ちは嬉しいけども、俺付き合ってる人がいて」って返事が返ってきて、私はあ、死にたい。
ってことを火の矢が放たれた瞬間思い出す。
え、今のが走馬燈?って思ってる瞬間、矢がカードの山に突き刺さる。
凄まじい火柱がカードの山から立ち上がる。
私はあわわわわわ、と呆然としながら死の恐怖に包まれている。
迫り来る熱波。耐えられないほどの熱。
火が燃え移り、のたうち回るたぬきのアシスタント。
もうだめかもしれない。
「えいにゃ!」と叫んで、ぽよんとねこのマジシャンが肉球を鳴らす。
その瞬間、火柱は流れ星に変わっていく。
火は全て流れ星に変わっていく。
たぬきのアシスタントにまとわりついていた火も全て流れ星に変わっていく。
でもたぬきのアシスタントはぴくりとも動かない。
流れ星達は会場の天井を周回する。
その流れ星達は天井の中心で、一つになっていき、ぱちんと固まって一つの星になり、私の服のポケットにしゅるるるるるっと流れ込んでくる。
「今、ポケットに星が流れ込みましたにゃ」
「はい……」
「ポケットを触ってみてくださいにゃ」
ポケットを探るとそこにあるのは星じゃない、カードだ。
取り出す。トランプだ。
「それはあなたが先ほど引いたカードですにゃ!」
「……あ、言いづらいんですけども、違います……」
「え」
「クローバーの3じゃないです。全然違います……」
「あ、にゃ。にゃー。にゃあ。にゃー。にゃにゃにゃ。にゃーにゃー。にゃー、にゃ、にゃー」ねこのマジシャンは動揺している。
テーブルには焼け焦げたトランプの山。
「あ、死にたいにゃー」とねこのマジシャンが呟く。
たぬきのアシスタントは依然として動かない。
客席で立ち上がってアーチェリーを構えていたバニーガールのアシスタントはゆっくりと着席する。
私は「なんかすいません……」と言うことしかできない。
「死にたいにゃー。めちゃくちゃ死にたいにゃー。うわー。死にたいにゃー。つら。死にたいにゃー。あー。うわーにゃー」
「……」私はただ黙っている。そろそろ客席に戻りたい。
「……えいにゃ!」とねこのマジシャンが叫んで、肉球を鳴らすと、ねこのマジシャンは一羽の白い鳩になっている。
ほーほほー。ほーほほー。くるっくーくるっくー。と鳴き、そして飛び立っていく白い鳩を見ながら、私はまたモグワイを思い出していた。
照明を浴びて、飛び去っていく白い鳩は、まるであのモグワイを理解したあの日の夕方のようだった。
「Friend Of The Nightだ」私はそう呟く。
モグワイ。グラスゴー出身のポストロックバンド。
彼らの轟音が今、鳩になったねこのマジシャンの姿に重なっている。
私は何故か感動しながらその光景を見ていると、白い鳩は突如矢に射貫かれた。
バニーガールのアシスタントが矢を放ったのだ。
白い鳩は客席の通路に落下した。
「にゃんで……」と白い鳩が洩らす。
白い鳩は気がつけばねこの姿に変わっていた。
矢に射貫かれたねこのマジシャンはごろんと仰向けになる。
ねこのマジシャンに照明が当たる。
ねこのマジシャンは口を開く。
ねこのマジシャンの口からきらきらとした虹が出てくる。
え、虹?と思っていると、その虹はステージにいる私にかかる。
私は虹の根元にいる。
虹の根元ってこんなのなんだって思っていると、ねこの口からカードが一枚出てくる。
そのカードは虹を伝って、私の元に届く。
そのカードを見るとそれはハートのキングで高村佐知子と名前が書いてあって、ニコニコ笑顔の絵も描いてある。
「このカードですっ!さっきのカードこれですっ!」と私は思わず叫ぶと観客達もざわざわとし始める。
気がつくとステージにねこのマジシャン、たぬきのアシスタント、バニーガールアシスタントが勢揃いしていていつの間にと思ったのも束の間、ねこのマジシャンが「イリュージョンだにゃー!!!」って叫んで、じゃーーーん!って音楽が鳴って、マジシャン達はお辞儀をするので、私は拍手をすることしかできなくて、観客達も拍手することしかできなくて、そしてその拍手の音は凄まじく、私はそれにモグワイの轟音をまた思い出していた。