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短編小説『ねこ太郎、現代の鬼と戦う』


 最近、最近。京都は三条、鴨川河川敷で私が本を読んでいると、川上から大きめのギターケースが、どんぶらこどんぶらこと流れてきました。
「ギターケース流れてるやん」って思っていると、パカっとケースが開き、中からずぶ濡れのねこが出てきて「助けてにゃ〜助けてにゃ〜」と叫ぶのでした。
 私は「待ってろー今助けるぞー」と叫び、慌てて鴨川に突入しました。
 すると運のいいことに、ここ最近の日照りで水かさは低く、あっという間にギターケースまで辿り着いた私はねこちゃんを抱き抱えて、元いた河川敷まで戻るのでした。
 ずぶ濡れのねこちゃんは「ありがとうございますにゃ。このまま海にいっちゃうかと思っていましたにゃ」と震えながら言いました。
 私は「大丈夫ですよ。海まではまだまだ遠いですから。それまでに誰か助けてくれたでしょう」と言いますと、どんぶらこどんぶらこと流れていくギターケースを鴨川に住み着く野良のワニが、がむ!ばきっ!と噛みちぎって私もねこちゃんも「ひええ〜」と震え上がるのでした。
 
 
 私はねこちゃんのずぶ濡れの体を持っていたサカナクションライブツアーグッズタオルで拭きながら「それにしてもどうして、ギターケースで流されていたのですか?」と聞きました。
 するとねこちゃんは「私は、鬼退治に出かけていたのです」と言いました。
「鬼退治?」と私が聞きます。
「はい。申し遅れました。私の名前はねこ太郎と言います」ねこちゃん改めねこ太郎はそう言いました。
「ときに、ねこ太郎さん。鬼退治に出かけると言っても、どこに鬼はいるのですか?」
「鬼は鴨川デルタにいるのにゃ」ねこ太郎は答えました。
 鴨川デルタ。それは京阪出町柳駅徒歩すぐに位置する三角州。
 そこでは学生が騒ぎ、ビールを片手に「俺たちどうなんのかな」と将来の不安を語らい、空には餌を求めるトンビが周回し、いつも誰かがギターでつじあやのやくるりやカネコアヤノを弾き語る、そんな三角州。
しかし鬼がいるなどとの話は聞いたことありませんでした。
「いるのです。鬼がいるのです」ねこ太郎は言いました。
「ねこ太郎さん、私も鴨川の河川敷で読書をする身分。鴨川のことはよく知っているつもりでございます。しかし鴨川デルタは青春の騒がしさはあれど、鬼がいるような場所ではないと思っております」
「いえ、鬼はそこに、確かにいるのです。そして私は鬼を退治しなければいけないのです」
「なぜねこ太郎さんが行かなければいけないのですか。ねこではありませんか」
「はい。一匹のねこはたしかに非力です。腕や足は短く、お肌は白く、そしてお耳は大きくです。しかし、そんな私の大きな耳に、鴨川デルタには学生サークルのフリをして、若い女学生を囲い込み、お酒で酔わせたのちに、夜の店に送り込むという鬼がいると聞こえてきたのです」
「なんと。それは現代の鬼ではありませんか」
「はい。現代の鬼なのです。これが私の大きなお耳に入ったからには、非力なねこであろうと、私は立ち上がり、現代の鬼を退治しにゃければいけにゃいのです。しかし……」
「現代の鬼にやられてしまったのですね」
「はい。現代の鬼は私をつかみ、そこらへんでカネコアヤノの曲を演奏している優しいアマチュア歌うたいのギターケースを奪い、そこに私を詰め込み、そしてあれよあれよと流したのです」
「嗚呼!なんて非道な!」
「あなたが、助けてくれにゃければ、私は今頃、ワニの胃袋にいました。これも私が非力ゆえです」
「いえ。非力などではありません。現代の鬼に立ち上がるその勇気。それは何よりも大きな力です。しかし一匹では心許ないのも事実」
「そうなのです……現代の鬼は集団。それゆえ強いのです」
「ねこ太郎さん、私に鬼退治のお供をさせてください」
「え、いいのですか」
「現代の鬼、一緒に懲らしめましょう。しがない私ですが、立ち上がらせてください」
「一人よりも二人。一匹よりも二匹です。共に戦いましょう。でも、なんの見返りもにゃいのでは私の心も痛みます。それでは、えーと。あ、これでどうですか」
 ねこ太郎は白い球体を私に差し出しました。
「これはきび団子ですか」
「いえ、ソニーのBluetoothイヤホンです。防水ですので、多分壊れていないはずです」
 私は大いに喜びました。
「あのーねこ太郎さん、これ充電はどうすれば」
「USBのC端子があればいけます」
「便利ですねえ」
 

  鬼退治をするのは決まりました。しかし我々には武器がありませんでした。
 私とねこ太郎は現代の鬼を退治する武器を買うために、四条河原町にあるドン・キホーテに向かいました。
 ドン・キホーテにはこの世の全てがある。そう教えてくれたのはねこ太郎のおじいさんねこでした。
「もしこの先、何か必要なものがあるならばドンキに行くのじゃ。ドンキにはなんでもある。着色料を使いすぎている海外のグミ。ライオンの顔がプリントされたパンツ。細長いシャボン玉。そして武器。あらゆる武器。この世の全てがドンキにはあるのじゃ……」
 私たちは武器を求めて、ドンキを探索します。
 しかし武器は置いてなく、気がつけば最上階にたどり着いていました。
 もう武器はないか、と諦めていると、そこにはアディダスのジャージが置いてあったのです。
 治安の悪いところにアディダスのジャージがあり。その言葉が示す通り、やっぱりそうです!武器、あらゆる武器が山ほど置いてある一角がそこにはあるのでした。
「ねこ太郎さん、ここで揃えましょう」
 私たちはそこで鉄パイプを2つ買い揃えました。
 その鉄パイプにはボタンがついており、それを押すと、青色LEDが光るという素敵なオプションもついていました。
 私達は青く光る鉄パイプを見て「おお~」と感嘆のため息を漏らしました。
 
 
 さて、デコった鉄パイプも手に入れた私たちは京都市バスに乗って鴨川デルタへ向かいました。
 空はもう夕焼けに染まっています。
 手にも額にも汗を流し、緊張から手足も痛くなってきました。
「あそこ!あそこにいますにゃ!」
 鴨川デルタの中央付近に、バーベキューをしている集団が見えます。
 傍目にははしゃいでいる大学生のようにしか見えませんでした。
 しかし、彼らは女性を囲み、金をむしりとり、夜の店に落としたりしている、現代の鬼なのです。
「バーベキュー禁止なのに、平然としている……あれが現代の鬼……」
 私は鬼の恐ろしさに震えていました。
 するとねこ太郎は橋の手すりに登り、眼下の鴨川デルタにいるその集団を見下ろすと、そこに向かって大きな声で名乗り始めました。
「にゃあ!にゃあ!遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見るにゃ!この世に悪がはびこる限り、ねこまんまは払い除け、チャオちゅーるにも飛びつかず、またたびも正気で受け流す!ねこ生まれねこ育ち、大好きなものはその日によって気まぐれで変わる!我こそはねこ太郎!!鬼たちよ!お前たちが最後に聞く名前にゃ!!」
「あいつ!さっきのねこじゃねえか!!」「まだ生きてやがったのか!!」
 現代の鬼たちが叫びだしました。
「今からそっちにいくから待ってるにゃ!というわけで、では、行きましょう」
「あんなふうに名乗って大丈夫ですか」私は聞くと「マナーですから……」とねこ太郎は言いました。どんな時もマナーを守るのは偉いです。マナーが人、もしくはねこを作るのです。
 というわけで鴨川デルタに降りていくと、そこには鬼たちが完全に臨戦態勢で待ち構えていました。
「ひぃ!待ってるにゃ~」
 さすが、このマナーの無い所、現代の鬼に間違いありません。
「てめえら、何しにきた!」
 ねこ太郎はおずおずとしながらも喋り始めました。
「あの、お昼も言ったんですけども、ここで反社会的活動をしてらっしゃるじゃにゃいですか」
「ああ?」鬼達が凄みます。
「俺たちのどこが反社会的活動なんだよ」
「あの~女性の方々からそういう話が出てるんですよ」
「どこの誰が何いったんだよ」
「いにゃ、どこの誰って言えないですけどにゃ」
「言えないってなんだよ、嘘かもしれねえだろうが」
「嘘じゃにゃいにゃ」
「嘘じゃないってなんだおら!」
「嘘はついてないにゃ!!」ねこ太郎は強く言いました。
「なんだてめえら!鉄パイプ持ってんじゃねえか!」鬼の一人が私たちの持っている鉄パイプに気が付きました。
「いえ、あのー鉄パイプといいますかあー、これはーイルミネーションのアーチの一部分でしてえー」私は言い淀みながら電源をつけて青く光らせます。
「てめえ、青くデコった鉄パイプ持ってきて、何するつもりだおら!」
「でもおークリスマスシーズンにこういうの見るじゃないですかあー!」
「でもそれで殴ったらぜってえ痛えだろうが!」「武器のつもりで持ってきてるんだろうが!」
 私とねこ太郎はどんどん鬼達に詰められていきます。
 その時です。
「あの〜すいません」とスーツを着た大人と、カメラを持った人が、私達の諍いに突入してきたのです。
「なんだてめえら!!」鬼の一人が応対します。
「NHKなんですけども」
「NHK?NHKがなんの用だよ」
「あの〜竹本さんってご存じですよね」
「竹本~?誰だそれ?」現代の鬼達はそう言いながらも、どこか動揺しているようでした。
「竹本綾乃さん。ご存知ですよね。竹本さん、あなた達に、騙されたって言ってるんですよ」
 彼らはNHKスペシャルの取材班でした。彼らは何ヶ月も前から、この現代の鬼グループの取材を重ねていたのでした。
 NHK取材班はぐいぐいと現代の鬼たちに迫っていきます。
 現代の鬼たちはへらへらとしながらも、どこかバツの悪そうな顔をしています。
 その時、「綾乃さん!」とねこ太郎が叫びました。
「貴様ら、綾乃さんのことを忘れたとは言わせにゃいにゃ!」
「ねこ太郎さん。その綾乃さんのことを知っているのですか」
「にゃん。私は知っています。それはかくかくしかじかで」
「なんと」
 

 それは書くも悲惨な竹本綾乃さんが現代の鬼達の被害にあった壮絶な話でした。
 竹本綾乃さんは現代の鬼たちに騙され、いいように使われ、心身共にボロボロになり、生きる希望も失っていました。
 竹本綾乃さんは通っていた大学構内のベンチにふと座った時。そのベンチの下でゴロンと寝転がっていたねこに、なんとなく悩みを打ち明けたのです。ゴロンと寝転がっているねこくらいにしか相談できる相手がいなかったのです。
「私、このままじゃ、生きていけない」と竹本綾乃さんは涙ながらに言いました。
するとそのねこはすくっと立ち上がり胸に手を当ててこう言いました。
「綾乃さん、私が、現代の鬼を成敗します」
「え、喋った」
 

「というわけにゃのです」ねこ太郎の回想と証言をNHK取材班のカメラはしっかりと記録していました。
 ねこからの貴重な証言です。これにはNHKスペシャル取材班のディレクターも撮れ高をぐっと噛み締めています。
 現代の鬼達はへらへらしていますが、追い詰められている目をし始めていました。
 ここはNHK取材班に任せるべきだろう。報道の力に成敗してもらうべきだろうと私が思っていたその時、ねこ太郎は手に持った鉄パイプをぶーんと青く光らせました。
 ぎょっとする現代の鬼とNHK取材班。
「鬼め!竹本さんを傷つけたこと許せまじ!覚悟~!てやー!」とねこ太郎は現代の鬼達に向かって鉄パイプを振り上げたのです。
 しかし、ねこの体格差がここで響き、休日にフットサルをやっているような現代の鬼たちには振り下ろした鉄パイプが当たりませんでした。
 こんな状況下でもヘラヘラ笑う現代の鬼。
 私も見ていられなくなり、手元の鉄パイプをぶーんと青く光らせました。
 NHK取材班はカメラを回しています。このままでは報道されるかもしれません。
 いえ、ねこ太郎につくと言ったのは私です。ソニーのBluetoothイヤホンの恩もあります。
 そして何より私も現代の鬼の非行、許せまじ。
「わ、私も、おりゃ~!」と鉄パイプを振り上げた。
 その時でした!
 鴨川からざっぱー!!と水音がし、水しぶきが我々に降りかかりました。
 ずぶ濡れになった我々。そしてそこにいたのは。
「や、野生のワニだ~!!」
 野生のワニが、突如として、鴨川デルタに出現したのです。
 それも複数体。
「がおがおがお~」
 野生のワニたちは物凄い勢いで現代の鬼たちに迫っていきます。
 バーベキュー禁止なのに、バーベキューをしていたせいで肉の匂いが体に染み付いていたのです!
 野生のワニになぎ倒されるバーベキューコンロ!
 野生のワニに襲われる現代の鬼達!
 野生のワニにちぎってはなげ、ちぎってはなげされる現代の鬼!
 野生のワニに丸呑みされる現代の鬼!
 腹を空かせた野生のワニを前に、現代の鬼達は無力!いくら休日にフットサルをしていても無力であったのです!
「ひい~助けて~!」
「がおがおがおお~!」
「ぎゃ~」
 それはさながらゲームセンターのワニワニパニックを1億倍リアルにしたような惨状でした。
 まじワニワニパニック!
 NHK取材班も逃げ惑いながらもこの惨状をカメラに記録しています。飽くなき報道魂です。
 私は混乱と惨状の最中、とっさにねこ太郎を担ぎ上げて、必死に逃げました。
 落とした鉄パイプがからーんと音を立てます。
 やっとの思いで、鴨川デルタを離れ、橋までやってくることができました。
 橋の下の鴨川デルタでは見るも無惨な惨状が広がっていました。
 野生のワニ達は現代の鬼達を食い散らかすと、満腹になったのか、また鴨川の水流にすいーっと戻っていきました。
 鴨川デルタには、私達が落としていった鉄パイプが一本残っているだけでした。
 その鉄パイプは血の海の中、青くぼんやりとした光を放っていたのでした。
 
 
 
「これよりご覧頂くのは衝撃の映像です」
 そういって流れ始めたのは、先程の野生ワニのが現代の鬼を襲う場面でした。
 野生のワニの襲撃から無事に逃げ果せた私たちは、お腹が空いたので町中華に行くことにしました。
 炒飯と餃子と酢豚を頼んで、待ってる間ぼんやりと備え付けのテレビを見ていると先ほどの映像が流れ始めました。野生のワニに襲われる現代の鬼たち。その片隅で、ねこ太郎を抱えて逃げる私の姿。「やばいやばいやばい!」と言いながらもカメラを回すをのやめなかったNHK取材班の執念の映像がそこにはありました。
 NHK取材班の執念はこれだけで終わりませんでした。
 この衝撃的な映像から数カ月後、これまでの取材をまとめたNHKスペシャルが放送されました。
「現代の鬼」と名付けられたその番組は世間に衝撃を与えました。
 それはいかに現代の鬼達がこれまで悪行を重ねてきたかを世に問う執念の報道でした。
 この取材がきっかけで、この現代の鬼グループの幹部は逮捕されました。
 また末端の構成員は野生のワニの恐怖から散り散りになったとのことでした。
 
 
 その後のことを少しだけ話すと、ねこ太郎はまた大学のベンチの下でごろんとしていたところ、竹本綾乃さんに声をかけてもらったそうです。
 竹本綾乃さんはねこ太郎に「ありがとう」と言い、そしてチャオちゅーるを渡し、そしてねこ太郎はチャオちゅーるをちゅうちゅうと吸い「とても美味しかったです」と言うと竹本綾乃さんは「やっぱ喋るんだ」と笑ったそうです。
 
 
 しかし町中華で炒飯を待っていた時、私たちは現代の鬼が解散することも、ねこ太郎が竹本綾乃さんにチャオちゅーるをもらうこともまだ知りません。私たちは「疲れたねー」と言いながら、料理が来るのを待っているだけでした。するとふいにねこ太郎が「あっ」と言いました。
「どうしたの?」
「鉄パイプ、落としてきちゃったにゃ」
 その瞬間「大盛り炒飯お待ち〜」と大皿で大盛りの炒飯が運ばれてきました。
 大盛りの炒飯を私とねこ太郎でわけわけしていたその頃、鴨川ではお腹を青色に光らせた野生のワニがすいーと泳ぎ「がおがおがお~」と吠えたのでした。


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