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短編小説『リヨン25を飛べ』(加筆修正版)

『リヨン25を飛べ』
 
*この物語は事実を元にしたフィクションである。
 
 アーロン・ホモキは深呼吸をした。そして途切れた道の先を見据えた。それは長さ6.7メートル、高さ4.49メートルの25段の階段。リヨン25。フランスのリヨンにあるスケートボード界で最も伝説的な階段。アーロンはリヨン25をスケートボードで飛ぼうとしていた。
 
 リヨン25をオーリー(ボードと一緒にジャンプをする技)で飛ぶ挑戦が始まったのは2002年、アリ・ボウララからだ。アリはリヨン25を飛んだが、着地に失敗し、地面に叩きつけられ、ボードは折れ、ズボンは破けた。4.49メートルからの落下。それはビル1・5階の高さから叩き落ちるのと同じ衝撃。
 アリはリヨン25を攻略できなかった。
アリは痛みと衝撃に呻きながら、階段に座る。「これはやばい。今までで一番やばい衝撃だ。くそ。最悪な一日だ」この模様は録画されていて、スケートボードビデオ「Sorry」に収録された。
そのビデオを当時13歳のアーロンは見た。そして「今までで一番のやばい衝撃」を受けた。そして願う。いつか僕がリヨン25を攻略したい。
 
 アリの失敗から12年後の2014年6月20日。
 25歳になったアーロンはリヨン25からのオーリーに挑戦する。
 リヨン25の手前にあるスロープから滑り出して、何度もプッシュをし加速、そして階段の端でオーリーをする。ボードが階段の端を叩く音が響き、アーロンは空を飛んだ。
 結果は失敗だった。アーロンは地面に叩きつけられ、アリの時と同様にボードは折れた。
 アーロンは左膝の強い痛みに気がついた。
「ああ、くそ」
 左膝の内側側副靱帯は断裂していた。そしてアーロンは8ヶ月ボードに乗ることができなかった。
 
 
 それでも翌年の10月10日、アーロンはリヨン25に戻る。あれから何度もリヨン25のことを考えた。どうすれば攻略できるかを何度も研究した。
 そして今度はある男をリヨン25に連れてきた。
 アリ・ボウララ。
 アリは13年ぶりにリヨン25を眺めた。アリを痛めつけた長さ6.7メートル、高さ4.49メートルを。
 あれからアリにも様々なことがあった。いいことばかりではなかった。友人とバイクに乗っている最中、アリは事故に遭った。アリは大怪我を負い、友人は亡くなった。
 その怪我に、友人を亡くしたトラウマ、そして逃げるようにはまったドラッグから、アリのプロスケーターの道は閉ざされた。
 アリにはもうリヨン25を攻略することはできない。
 だからこそアーロンはリヨン25を攻略するのをアリに見せたかった。あの日、アリが叶えられなかった夢を叶えにきた。
 その気持ちを受け取ったアリはアーロンに伝える。13年前、リヨン25を飛んだからこそ言える技術的なアドバイスを。13年前、リヨン25を飛んだからこそ言える精神的なアドバイスを。
 それはアーロンの背中を押すには十分だった。
 
 
 アーロンは再度リヨン25に挑戦する。
 スロープから滑り出し、何度もプッシュ。そして階段の端でオーリー。ボードが階段を叩く。
 しかし、またもや失敗する。
 何度も。何度も。
 強い衝撃と痛みと成功しないもどかしさにアーロンは苦しんだ。
「大丈夫か?」アーロンの挑戦に応援に来た友人が言う。
「くそ痛いけど、まだ膝は大丈夫みたいだ」アーロンは膝を曲げてみる。友人は心配そうにそれを見る。
「何をしている!」この騒ぎに近隣の警備員がやってきた。警備員はアーロンたちに「この階段は使うな」と通告し、柵を立てた。
「くそ」
 その日はもう飛べない。明日、またここに来て飛べばいい。そう思ってアーロンたちはホテルに戻った。
 しかし次の日は大雨が降った。大雨の中、飛ぶわけにはいかない。飛べるわけがない。
 アーロン、応援に来た友人、そしてアリはもどかしい時間をホテルで過ごした。
 アーロンがフランスに滞在できる最終日の2015年10月12日月曜日。
 天気は快晴。
 柵は撤去されていた。
 アーロンはリヨン25にまた挑む。もう後はない。
 アーロンはリヨン25を睨む。そしてスロープから滑り出す。プッシュ。そして階段の端でオーリー。
 しかし、またしても着地に失敗する。
 何度も。何度も。
 いや、少しずつは進んではいる。けれども、着地までボードに立っていることができない。
 何度目かの挑戦で地面に叩きつけられた瞬間、何かが弾ける音がした。スケボーのウィールが着地の衝撃に耐えられず吹き飛んでいた。アーロンの友人は吹き飛んだウィールを掴んで言う。「こんなの初めて見たぜ」。アーロンは「俺もそうだよ」と呟いた。
 度重なる衝撃と痛み、そしてウィールの損壊に思わずアーロンはしゃがみこんだ。
 やはり、リヨン25を攻略するのは不可能なのか?
 しゃがみ込むアーロンにアリが近づく。
 そしてアーロンの目をじっと見て、そして伝える。
「お前ならいける。…俺の夢はお前なら叶えられる」それは根拠の無い言葉だ。しかしその根拠の無い言葉こそアーロンの不安を消し去るには充分だった。
「もう一度飛ぶ。これで最後にする」アーロンはウィールを交換し、ボードの滑り止めとして友人が使っていたデオドラント剤をボードに塗り込んだ。
「これが効果あるのか?」友人が言う。
「わからないよ。ただやるしかないんだ」アーロンは言う。
 ただやるしかないんだ。
 
 アーロンは階段を25段駆け上がる。
 ここを飛ぶ。やれる。俺ならやれる。
 アーロン・ホモキはリヨン25を睨む。長さ6.7メートル、高さ4.49メートルの25段の階段。
 友人が「アーロン!やれ!!」と叫ぶ。
 アリは腕を組んで、アーロンを見る。
 アーロンは目を閉じる。深呼吸。目を開ける。そしてスロープから滑り出す。何度もプッシュする。スピードは出ている。いける。いける。いける。猛スピードでリヨン25に突入したアーロンのボードが階段をパンッ!!!と叩くと「なんてかわいいのにゃ~!」と白ねこのにゃんみさんは鏡に写る真っ黒なゴスロリ服を着た自分の姿を見て思わず叫びました。
 にゃんみさんはずっと着たかったロリータ服ブランド「ミホマツダ」のブラウス、コルセット、スカートをやっと手に入れたのです。総額約7万円。そのために郵便局で日夜働き、無駄なものは買わず、食費を浮かせてやっと買ったのです。
 大変だった日々。でもその苦労も今は過去。にゃんみさんは鏡の中の自分を見て「この服を着るために私は生まれてきたのにゃ」と思い、いくつかポーズをとり、くるっと回るとふわっとスカートがひるがえって「にゃーかわいいー!」となりました。
 うっとりしたあと、ふと思いました。この服を着て、お散歩に出かけたいにゃ。
 にゃんみさんは黒の日傘をさしてお散歩に出かけます。その服を着て、街を歩くと、とても優雅で強い気持ちになり、にゃんみさんはしばし自分が郵便局員であることを忘れていました。私はこの服を着ているときが私なのにゃ。
 ふいに、お腹が鳴りました。最近、この服を買うのに質素な食事ばかりでまともに食べてなかったのです。
 そうにゃホテルのアフタヌーンティーにでも行くのにゃ!
 サイゼリヤが目に止まりました。
 にゃんみよ、耐えるのにゃ。服を汚す危険性のあるご飯なんてもってのほかなのにゃ。
 にゃんみさんのテーブルにボロネーゼパスタが運ばれてきました。にゃんみさんは、ボロネーゼパスタの中央にフォークを突き刺して、決してソースが飛んで服を汚さないように回し始めました。ゆっくり、そーっと。よしよし、ソースは飛び散らなかったにゃ。じゃあ食べるのにゃ。
 ロリータ服を汚さないことで頭がいっぱいになっているにゃんみさんが巻き取ったボロネーゼパスタ―――サイゼリヤ本部で作られ個包装され店舗配送用ケースに入れられ工場から各店舗に運ばれ注文が入ると電子レンジで熱せられ油分を含んでいるため130度まで沸騰したボロネーゼソースを店舗で茹で上げられたパスタにかけたもの―――がにゃんみさんの猫舌に触れた瞬間パンッ!!!と大きな音と強い衝撃がアーロンを襲った。
地面に叩きつけられていない。アーロンはボードの上に立っている。着地に成功した。
 アーロン・ホモキはリヨン25を攻略した。
 アリの挑戦から数えて、13年越しの快挙だった。
「やりやがった!!ついにやりやがった!!」
 友人が叫び興奮し駆け寄り、アーロンを抱き締める。
 アリ・ボウララがアーロン・ホモキに近づく。
 アリは「ありがとう」と言った。その目はうるんでいるように見えた。
 その目と言葉に、アーロンが泣きそうになった瞬間、パンッ!!と音がした。友人がシャンパンが開けて、アーロンにかけてきたのだった。
「クソ!なにしてんだよ!」と笑いながら言うと、シャンパンが口に入った。
 その舌先はやけどしたように痛かった。


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