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じぶんごと=能動的スイッチはどこにあるんだろう?

植物を育てるキッカケってなんだろう。

僕が得てきたキッカケは、小学校時代のインゲンマメ栽培だし、曾祖母から貰ったカネノナルキだし、高校生時代の観葉植物栽培にある。
年々、育てる植物への興味が移行し、ついには20代のはじめ「アドロミスクス」という多肉植物に出会ったことが、植物に深くのめり込む大きなきっかけをつくった。

そして気が付くのは、植物を育てるという趣味園芸は、極めて能動的なカルチャーであるということ。
いや、趣味全般において言えることではあるが、自らが進んでその趣味に没頭しなければ、楽しさを追及できない。
ゆえにあらゆる趣味は、初心者から上級者まで、あらゆる層に向けてレベル分けされている。

たとえば僕は、植物以外に「バドミントン」も趣味のひとつとして楽しんでいる。
バドミントンは世代を問わず、大勢の趣味人口を抱え、そこにも初級者からプロまで様々だ。
趣味への入り方も学生時代の部活や、社会人向けのクラブでのビギナーなど、門戸は多数に開かれている。
僕は高校時代の部活からバドミントンをはじめたが、周囲には「成人してから地域のクラブに入ってはじめた」という人が多い。

しかし、年々「初心者」と呼ばれる人たちの数が減り、自治体で催されていた「バドミントン大会」が中止に追い込まれている。
その一方で、バドミントン人口が増えているのにもかかわらず(参考:https://blog.rcn.or.jp/badminton/ )、社会人でバドミントンを続けるという人は少ない。
参考に挙げたバドミントン協会の統計をみれば、会員は児童・生徒が大半である。
とはいえ、社会人になってもバドミントンを続けているが、会員になっていないケースも多々あるので、一概に「一般」が少ないとは言えない。

つまり、学校などの教育機関でほぼ全員が授業などのなかで「バドミントン」というスポーツを経験するが、社会人になってまで続ける人は多くはない。
僕の経験からすると、社会人になってからバドミントンをはじめたという人の方が、長く続いているような気がするのだ。

それはきっと「強制」でも「入りたいクラブがないけど入らないといけないから」といったネガティブな感情に動かされているのでもない。
ほんとうにバドミントンをやりたいという人たちが、自らの意思で続けているに他ならない。
これって、以前noteに書いた「花育」についても同様のことがいえると思う。

趣味園芸も、きっかけとなる出来事は多様に存在する。
授業の一環でアサガオを育てた、何かのサービスに花の種を貰った、近所の人から植物の苗を分けてもらった…などなど。
趣味園芸へと至る道のりは数多くあれど、それを能動的に踏み込んでいかせる「ほんとうのきっかけ」を探していかなければならないのだと思う。

趣味園芸を生業とする僕らは、「マニア」と呼ばれる人たちがのめり込むきっかけとなった出来事を追及する必要がある。
だからこそ、趣味園芸を生業とする僕らも、能動的なカルチャーとしての園芸を追及しなければならない。
受動的な園芸から、能動的な趣味園芸へ。
飾って終わりではない、育てて維持する園芸へ。
園芸を「じぶんごと」にするスイッチはどこにあるのかを、探し、自問自答することも大事だろう。
なぜなら、そこにこそ低迷する園芸業界へのヒントがみつかるかもしれないから。

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