安酸敏眞『人文学概論』読んだ
いやあこれは良い本だった。
大学の人文系の先生である著者が、教養の授業を基に編纂したもの。巻末の文献リストもたしかにすげい。
大学から教養が消えて専門学校のようになっていく時代に、人文学とは、人文主義とはを語りかける内容である。
もちろんパンのための学問も大事なのだが、それだけでいいとは思わない。
それに法学のような実学であっても背景にはギリシャに始まり、途中でヘブライズムが合流したような歴史がある。それを知らなくてもさしあたっては困らないのだが、それでいいとは思われないんだよね。
だから本書はプラトンのいう教育(パイデイア)から始まる。プラトン、ソクラテス、アリストテレスの話をひとしきりしたあとに、いきなり12世紀ルネッサンスまで飛んでしまう。大学教養レベルならこれで十分だ。
12世紀ルネッサンスを準備したものとして、イスラム世界について、つまりアル・ガザーリ、アヴィセンナ、アヴェロイスらはちゃんと紹介されている。
そこから大学の創設、ルネッサンスにおける人文主義(フマニタス研究)、近代的な大学の確立へとさらさらと説明されていくのだった。
各論は、人間と文化、言語と芸術、神話と宗教、歴史などの定番もあれば、記憶、翻訳、文献学、図書館などの補助的なテーマもあるし、メディア論にも目配せしており、網羅性も十分と思われる。
それらを踏まえて、人文学とは過去の人間の痕跡から、人間を間接的に再認識しようとする学問だと述べる。この再帰性は自然科学にはないものだとのことであった。
幸か不幸か私は著者のことを良く知らないので、素晴らしい本だなあで終わることができた。
このところ人文系の人々には失望させられることが多い、なんだ立派な肩書でその程度なのかと。だからこの著者のことも知らないほうがいいのだ。
自然科学に再帰性がないと言い切ってしまうあたりが怪しい。ある程度物理学を学んだものならば、それが自己言及的というかメタい学問であることを知っているだろう。
そもそも数学そのものが人間の作った言語みたいなものだから、人文学的なのである。
ついでだから、最近読んだがっかりについて紹介しておこうか。思考力の鍛え方みたいな本で、多くの大人はよく考えずにすますことが習慣になっていると述べたのち、こう続ける。
今後の社会のあり方をよくよく考えた結果、専業主婦が幸せな生き方かもしれないし、そうではないかもしれない。なのに勝手にそうではないはずと決めつけている。
専業主婦の母親が不満を溜め込んでいると勝手に仮定している。いや仮定するのはいいが、幸せであるというパターンも想定しないのは、思考の放棄である。この世の中にはローランドしかいないと言っているようなものだ。
この程度の者が旧帝国大学の教授だというから、イキ理系キッズたちが言うように、人文系はいったん滅んだほうがいいのだろう。
人文学は必要だが、人文系はもういらない。