宮下洋一『安楽死を遂げるまで』やっと読んだ
先日(といっても1ヶ月いじょうたってしまったが)ふれた宮下洋一さんの安楽死の本をようやく読んだ。
安楽死・自殺幇助・尊厳死が法的に認められている国々を実際に取材した労作である。
まずスイスの著名な医師エリカ・プライシッグの活動の密着取材である。非常に生々しい描写であるが、プライシッグにとってはもはや日常であることがわかる。それについては余裕のある方はこちらの書籍を参考にされたし。
スイスでは尊厳死や安楽死は許されておらず、自殺幇助のみである。自殺幇助のほうが医師が確実に死なせることができのでいいらしいが、違いがよくわからない。著者も本質的には同じだろうと本書の中で何度も指摘している。
第3章のベルギー編は一番印象に残るパートだった。精神疾患と安楽死という非常に倫理的に難しいテーマである。強い希死念慮をもつ患者を精神的苦痛から安楽死や尊厳死により解放してあげるべきかどうかである。
自殺という痛ましい形で患者を失った家族と、安楽死を遂げさせることができた家族に取材している。著者には後者のほうが幸福にみえたようであるし、前述のプライシッグ医師が自殺幇助を強く推進する理由の一つでもある。自殺は遺族に拭い難い傷跡を残してしまう。
また安楽死の適応と診断されても実行しない患者も多いという。いつでも死ねるという安心感を得て、ならばもう少し生きてみようとなるらしい。
第4章はアメリカ編。アメリカでは一部の州で尊厳死が認められている。なおアメリカでは安楽死(Euthanasia)はナチスを連想させる、自殺はキリスト教の価値観と相性が悪いといった理由で、尊厳死(Death with Dignity)という言葉が使われる。ブリタニー・メイナードはカリフォルニア州出身の女性で、尊厳死が認められているオレゴン州で亡くなっている。著者は彼女の夫に取材している。夫は死後に米国どこでも尊厳死をという彼女の遺志を継いで活動しており、カリフォルニア州での合法化に大きく貢献した。
彼女が自殺の決意を述べた動画はYoutubeでみることができる。
アメリカには尊厳死に強く反対する人々もいる。万に一つの可能性で助かったかもしれない人間を死なせてしまうかもしれないからだ。
その例として、これまたオレゴン州の女性に取材している。肛門癌で尊厳死をすすめられてしまったという。肛門癌は放射線化学療法で根治する可能性が十分にあり、その女性も実際に長生きしているのだが。。。アメリカの医療のいい加減さをみてしまった気がする。
オレゴン州は尊厳死が認められているためにわりとカジュアルに尊厳死をすすめる風潮があるらしく、その女性も危うく長生きしそこなったというわけである。尊厳死に反対する人々の気持ちもわからないではない。
第5章のスペイン編も印象深かった。スペインはカトリックの国であるせいか、尊厳死や安楽死は認められていない。映画にもなったラモン・サンペドロの家族、自殺を幇助した女性への取材はなかなか考えさせられるものがった。
スペイン編でもう一つ心にグサグサきたのは、神経変性疾患の聞いたことない難病で12歳の娘を安楽死させた両親のエピソードである。子供を持つ人なら冷静に読むことができないものだ。病状が徐々に進行していく中でも愛情を失わず、亡くなった後でも大切な思い出として語る母親には涙せずにいられなかった。父親もその少女と血はつながっていないのに惜しみない愛情を抱いていたことが伝わってくる。なお難病を抱えた子供の親にはよくあることだが、この二人は離婚している。
全編にわたって中立であろうとする著者の姿勢もあいまって非常に読みやすい。もちろんこのような重たいテーマで完全に中立であることなど不可能なので、ところどころに著者の感情があらわになるのであるが。
第4章でアメリカ人医師が、尊厳死を選ぶ人々の特徴として4つのwをあげている。White、Well-educated、Wealthyとあともう一つは忘れた。尊厳死や安楽死を選ぶのは教育水準が高く、豊かな人々が多いのではないかとなんとなく想像していたが、少なくともアメリカではそうらしい。これは自由主義とか個人主義とか生命の自己決定権とかいったものが関わっているからであろう。
とするとスペインのようなカトリックの国や、家族の絆が個人主義よりも強い東アジアで合法化されにくいのも頷ける。また著者は子供のいない人ほど、あるいは子供と疎遠な人ほど、安楽死や尊厳死を選びがちであるとほのめかしている。
今日はこんなところで。難しいテーマなので引き続き勉強していきたいと思う。