3. カラオケは神編(後編)
太郎が複数の客を並行して対応しないといけないと学んでから2.3年が経った。
世の中にはインターネットが一般的になってきた頃だ。
今の若者はインターネットがない世の中なんて信じられないかもしれないが、太郎は、まさにこれらの技術の進歩の真っ只中で生きてきた感じだ。ポケベル→携帯→スマホ、太郎の持ち物もずいぶん変わった。
そんな頃、太郎の行っていたスナックにもカラオケが入ってきた。
映像レーザーディスクとオートチェンジャー技術は、一気にカラオケを普及させた。
それまでのカラオケはカラオケテープを探して、再生して、歌詞カードを見ながら歌う感じであった。それが、リモコン一発で再生、歌詞は画面に流れてくる。テープを探す手間が省け、歌詞カードも皆が触ってボロボロになる事もない。
今では、更に通信カラオケとなり、色々と機能も増えてきた。
太郎はいつものスナックで呑んでいた。今日は、BOX席は空いている。カウンター内には柚月とけいちゃんの二人が入っている。けいちゃんは隣の客と歌を歌っている。
柚月は太郎の酒をつくりながら話しかけた。
「ゆりちゃん、辞めたんだよね」
ゆりちゃんは、この店で柚月の次に長かったホステスだ。話題も豊富で話していて楽しい娘だった。
「寿退社?」
「違うわよ。カラオケ退社。元々カラオケはあまり好きでなく、お客様からカラオケばかり要望されるのも嫌だったみたいね。そのうち、自分と話しに来てくれてるのか、カラオケしに来てるのがわからなくなってきたって」
「そうなんだ。ゆりちゃんにとっては自分の仕事をとる悪魔の機械やったゆうことか。けいちゃんみたいに、歌大好きホステスにとっはいい機械なんだろうけど。柚月はカラオケはどうなの?」
「私にとっては神かな。カラオケが入ったおかげでカラオケ歌ってる客はほっといても大丈夫だし、空いた時間で他の客をもっと楽しませてあげれるし、トイレ掃除もできたりするし。やるべき仕事により集中できて、仕事の質もあげてくれた神かな。後は、使えないホステスもある程度使えるようにしてくれる神」
「なるほどな」
太郎は思った。カラオケはホステスの必要なベーススキルを少し変えたのかもしれないなと。
太郎は残りの水割りを飲み干した。
それから随分と月日が流れた。
最近はデジタルやらDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を良く聞く。
太郎の昼の仕事も同様だ。昭和世代の太郎にとってスマホまではなんとかついてきたが、これ以上は…という想いがある。定年まで、後、数年。なんとか今のスキルで逃げきれないかと思っていた。
そんなある日、いつものように柚月と話していると、スナックにカラオケが入ってきた頃の話になった。
半世紀近く前に、スナックに入ってきたカラオケ。その流れにのれたホステス、のれなかったホステス。色々なホステスがいた。カラオケは確かにそれまでのホステスの働き方を変えた期間だった。
太郎は今の自分を顧みた。DXにのるでもなく、のらないでもなく。
今の太郎は、
「DXは凄いね。リモートでボートがやりやすくなった」とかしか感じていない。DXをもっと活用して、やるべき仕事に集中して、「DXは神」と言えるようにならなあかんなと気づいた。
太郎は、半世紀近く前に、スナックで起きた小さなDXから現代のDXの波に乗る為の意識を学んだ。
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